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おすすめ山登り・ハイキング

檜枝岐の民宿「ひのき屋」に連泊。裁ちそばと温泉が最高すぎた

尾瀬・燧ヶ岳登山の拠点に福島県桧枝岐村の民宿「ひのき屋」に2連泊。名物裁ちそば、岩魚や鮎の手料理、源泉かけ流しの温泉「燧の湯」が最高でした。アクセスや登山コースの注意点も詳しくレポートします。
旅の随筆

長沙の年会員は夜逃げする – ゴルフ練習場が一夜で消えた日

1. ゴルフ練習場が消えた長沙の街中、高級住宅街の中に、250ヤードの立派な練習場があった。韓国人プロが常駐し、交渉して無料レッスンを何度か受けた。クラブも預かってくれる。顔を覚えられ、行けば「加藤さん、こんにちわ」と愛想よく元気な声も掛け...
旅の随筆

広州・中天広場 28階オートロック締め出し事件 1999年夏

1999年夏、広州の花園酒店から、天河駅前の中天広場マンションに引っ越した。香港熊谷組の新築マンションだ。会社が購入した部屋で、オフィスも同じビルに移転した。エレベーターで降りれば会社、上がれば自宅。徒歩0分通勤は楽だった。夏休み、日本人家...
旅の随筆

北京大学留学編(2)後編 – 芝生のゴルフと、池に飛び込む子供たち

広大な北大キャンパスは、元は貴族の庭園。芝生でゴルフのアプローチ練習を始めると、とんでもないことが起きた。そして郊外のゴルフ場では、池の前で待ち構える子供たちがいた。1987年、ゴルフがまだ珍しかった北京での、商魂たくましい物語。キャンパス...
旅の随筆

北京大学留学編(2)前編 – 頤和園のカバと、図書館の光、庶民の足バス

自転車で頤和園まで行けるのが、北大生の特権だった。5月の昆明湖で見た謎の生物、夜の学生寮で見た8人部屋の現実、そして夜10時の図書館で見た満席の光。1987年の北京大学で、私が目撃した日中の学生の決定的な差。頤和園でカバを見た北京市内でも指...
旅の随筆

北京大学留学編(1)芍園 1987-88年 – 食堂、授業、そして黄砂の北京

1987年、北京大学芍園にいた。食堂では料理人が客より先に食事をし、自転車はブレーキが効かず、シャワーはお湯が出ない。不便が当たり前の日々だった。だが、埃っぽい北京で観た京劇の極彩色は、今も目に焼き付いている。私の北京大学留学記。
旅の随筆

深圳の陳会長に“拉致”され、200人の前で「北国の春」を歌った日

1998年、広州駐在1年目のこと。深圳に販売拠点を持つ中国有数の自動車ガラス工場H社から、全国販売店会議への出席要請が突然来た。日本とは年間1億円の取引がある会社だ。断るわけにもいかず、顔出しのつもりで翌日の日程に合わせて深圳駅前のシャング...
旅の随筆

女人街の喧騒からドア一枚の向こうへ – 旺角の上のアパートで頂いた忘れられない家庭料理

香港の「女人街」と聞いて露天商が所狭しと店を並べ、香港一活気に溢れた旺角のナイトマーケットを思い出す方は香港通の方だと思います。人はぶつかり、大声が飛び交い、一秒も止まらない街。衣類やアクセサリー、Tシャツ、偽物ブランド等を売る露店が1km...
旅の随筆

香港島の高級マンションでハンバーグと本気喧嘩 – 同期駐在員宅のわんぱく三兄弟訪問記

1996年のある日、日本人駐在員の香港の家庭に招かれた時の印象です。Mくんは会社入社同期でもあり、新人時代入寮した社員寮も同じでした。寮では帰宅時間もまちまちで、朝食時間で一緒になるものの、慌ただしい通勤時間帯ではゆっくり世間話も出来ません...
旅の随筆

サーモンのために車で1時間。サーモンに負けた夜 湖南省彬州(びんしゅう)

2015年。中国湖南省彬州の販社候補地を視察した帰り道でした。彬州という町で、ディーラーの総経理(社長)より夕食の誘いを受けました。「今夜は彬州の名物を食べに行きましょう」日本人は刺身が好きだ。サーモンが好きだ。それは彬州まで知れ渡っていた...
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