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旅の随筆

長沙の年会員は夜逃げする – ゴルフ練習場が一夜で消えた日

2012年から5年駐在した長沙。雨季は陰湿だが、住めば都だ。ただ一つ、年間メンバーカードには最新の注意が必要だ。1. ゴルフ練習場が消えた街中の高級住宅街の250ヤード練習場。韓国人プロ常駐、クラブも預かってくれる。50球買うより年間4、5...
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オートロックに閉め出された夏 – サンダルと短パンで28階の廊下に立ち尽くす

1999年春、広州の花園酒店から、天河駅前の中天広場マンションに引っ越した。香港熊谷組の新築。会社が購入した部屋だ。オフィスも同じビルに移転し、徒歩通勤は楽になった。夏休み、日本人家族が帰国で街を離れた頃、事件は起きた。ゴミ出しで廊下に出た...
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北京大学留学編(2)後編 – 芝生のゴルフと、池に飛び込む子供たち

広大な北大キャンパスは、元は貴族の庭園。芝生でゴルフのアプローチ練習を始めると、とんでもないことが起きた。そして郊外のゴルフ場では、池の前で待ち構える子供たちがいた。1987年、ゴルフがまだ珍しかった北京での、商魂たくましい物語。3. キャ...
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北京大学留学編(2)前編 – 頤和園のカバと、図書館の光

自転車で頤和園まで行けるのが、北大生の特権だった。5月の昆明湖で見た謎の生物、夜の学生寮で見た8人部屋の現実、そして夜10時の図書館で見た満席の光。1987年の北京大学で、私が目撃した日中の学生の決定的な差。1. 頤和園でカバを見た北京市内...
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北京大学留学編(1)芍園 1987-88年 – 食堂、授業、そして黄砂の北京

1987年、北京大学芍園にいた。食堂では料理人が客より先に食事をし、自転車はブレーキが効かず、シャワーはお湯が出ない。不便が当たり前の日々だった。だが、埃っぽい北京で観た京劇の極彩色は、今も目に焼き付いている。私の北京大学留学記。
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深圳の陳会長に“拉致”され、200人の前で「北国の春」を歌った日

1998年、広州駐在1年目のこと。深圳に販売拠点を持つ中国有数の自動車ガラス工場H社から、全国販売店会議への出席要請が突然来た。日本とは年間1億円の取引がある会社だ。断るわけにもいかず、顔出しのつもりで翌日の日程に合わせて深圳駅前のシャング...
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女人街の喧騒からドア一枚の向こうへ – 旺角の上のアパートで頂いた忘れられない家庭料理

香港の「女人街」と聞いて露天商が所狭しと店を並べ、香港一活気に溢れた旺角のナイトマーケットを思い出す方は香港通の方だと思います。人はぶつかり、大声が飛び交い、一秒も止まらない街。衣類やアクセサリー、Tシャツ、偽物ブランド等を売る露店が1km...
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香港島の高級マンションでハンバーグと本気喧嘩 – 同期駐在員宅のわんぱく三兄弟訪問記

1996年のある日、日本人駐在員の香港の家庭に招かれた時の印象です。Mくんは会社入社同期でもあり、新人時代入寮した社員寮も同じでした。寮では帰宅時間もまちまちで、朝食時間で一緒になるものの、慌ただしい通勤時間帯ではゆっくり世間話も出来ません...
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サーモンのために車で1時間。サーモンに負けた夜 湖南省彬州(びんしゅう)

2015年。中国湖南省彬州の販社候補地を視察した帰り道でした。彬州という町で、ディーラーの総経理(社長)より夕食の誘いを受けました。「今夜は彬州の名物を食べに行きましょう」日本人は刺身が好きだ。サーモンが好きだ。それは彬州まで知れ渡っていた...
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娘が住んだマカオ2019 – カジノは出口の無い迷宮、娘の部屋は冷蔵庫のアイスが消えるシェアハウス

私は湖南省長沙に、長期出張を含めて足掛け5年駐在しました。はっきり言うと、料理がもの凄く美味しい広東省の隣にもかかわらず、長沙の料理は辛過ぎて広東料理に比べて美味しくありません。すべての料理に真っ赤になるほど唐辛子を入れるのが作法。洗練され...
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