先日、台湾映画『進行曲 マーチングボーイズ』を観てきた。2025年の台湾映画、日本では今年10月23日から公開。1992年の台北、38年続いた戒厳令が1987年に解けて数年後の時代を舞台に、名門・建国高級中学のマーチングバンド部が古い軍楽を捨て、自分たちの音楽で全国優勝を目指す実話ベースの青春映画だ。
予告ではスポ根ものかと思ったが、全く違った。これは親の期待と本人のやりたいことの間で引き裂かれる、永遠のテーマの物語だった。
菜っ葉服の超エリート校と、「医者になれば一生安泰」という呪い
まず目に飛び込んでくるのが、菜っ葉服のようなカーキ色の制服と緑の学生カバン。建国高校のトレードマークだ。台北で断トツの男子トップ校で、開成・麻布どころではない、台湾中の秀才が集まる学校である。
だからこそ親の期待は重い。主人公のジャン・ハオは医学部進学を望む父親の重圧に押し潰されそうになる。物語の肝は、ここだ。
新しい楽器を買うために葬式の行列でラッパを吹いてバイトをし、予備校に行く金を楽器に回してしまう。バレて父親に詰められる場面で、父親は吐き捨てるように言う。
「医者になればいくらでも金は稼げる」
これが本心だ。戒厳令を生き抜いた世代にとって、医者は稼げる職業以上に、政権が変わっても潰れない「身分」だった。愛しているからこそ、そう言ってしまう。だが、それを口にした瞬間、親子関係は愛情から投資に変わってしまう。本人はただ「好きなことを思いっきりやりたい」だけなのに。あの板挟みの苦しさが、痛いほど滲み出ていた。
私が見た80年代後半の台北 ― 塾帰りの行列とノーヘル二人乗りと国歌斉唱
1980年代後半、私は一年間台北に住んでいた。映画の中の風景は、当時の記憶と重なった。
夜9時を過ぎると始まる、補習班(ブーシーバン)帰りの小中学生の群れ。重いカバンを背負い、黙々と親のバイクの後ろに乗って帰っていく。なんとも不気味な光景だった。人生の何年かを好きなことも差し置いて100%塾に掛ける。日本も似たり寄ったりだが、あの熱量は別格だった。
街はノーヘルで二人乗りのオートバイが爆音を立てて走り、無免許も当たり前だった。私も大学の台湾人同級生のバイクの後ろに乗せられて、市場に買出しに行った。シャツを掴んで台北のバイクの洪水をすり抜ける、あのスリルは今でも忘れられない。
そして映画館。始まるぞという瞬間、全員起立させられて国歌斉唱が強制される。スクリーンに戦闘シーンが大写しされ、全員が台湾を讃える歌を歌う。私は口をパクパクさせるしかなかった。戒厳令が解けても、90年代初頭まで残っていた儀式だ。強制的に歌わされた国歌ではなく、自分たちで選んだマーチの音を鳴らしたい――彼らの渇望がよく分かる。
黄身が乗ったかき氷と、腹を壊す屋台飯と、間違えるとえげつない床屋
映画では練習の合間にいろんなかき氷を食べる。私も台北で食べた雪花冰を思い出した。日本には絶対あり得ない、生卵の黄身を乗せた月見氷。最初は気持ち悪かったが、練乳と混ざると濃厚なカスタードのようで意外と美味しい。ルーローハンも最高だった。
水餃子とシジミのニンニク醤油漬け、屋台のフルーツ盛り合わせ。いつも腹を壊していたが、また行ってしまう。あの危なっかしさが旨さだった。
忘れられないのが、床屋が3種類、喫茶店が2種類、フルーツパーラーも2種類あったことだ。看板は同じなのに、間違って入るとかなりえげつない方の店だった。表と裏がごちゃ混ぜになった、戒厳令明け前の台北らしい光景だった。
因習の象徴としての不良と主任、そして希望としての校長
高校生に何度も絡む不良グループのしつこさも印象的だった。彼らは因習、固定観念の象徴なのだと思う。親が「医者になれ」という固定観念で縛り、学校が「旧式マーチングこそ正しい」という因習で縛り、不良が「縄張りで勝手なことをするな」という因習で縛る。三者三様だが、言っていることは同じ「出る杭は打つ」だ。
主任も馬鹿固くて、生徒の提案を何でも拒否し、「退学だ」とまくしたてる。いい学校にもこんな指導者がいては学生は不憫だ。
対照的に、道理の分かる校長がいた。頭は開明的で即決即断ができる得難い人物だ。戒厳令という一番大きな固定観念が取れた後に残った小さな因習と戦うとき、こういう大人が一人いるだけで、生徒は救われる。
自分で選んだ音を鳴らすということ
結局、彼らが勝ち取ったのは大会の優勝ではない。親戚一同の期待という重い布団の下で、「自分で選んだ音を一度でも鳴らせた」という事実だ。
親の期待と自分のやりたいことの板挟みは、1992年の台北だけの話ではない。今の日本でも台湾でも変わっていない、永遠のテーマだ。
あの葬式ラッパの音も、屋台の湯気も、塾帰りの不気味な行列も、すべてが私の中で繋がった。強制された国歌ではなく、自分で選んだマーチを鳴らす。その当たり前のことが、どれだけ尊いかを教えてくれる映画だった。
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