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3人の女性のドラマが小説「ダロウェイ夫人」を絡め交錯する映画『めぐりあう時間たち』自分が自分らしく生きる事と社会的役割とのギャップを描出

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『めぐりあう時間たち』のあらすじと概要

Greg MontaniによるPixabayからの画像

マイケル・カニンガムの同名小説を「ダメージ」の脚本家であるデビッド・ヘアが脚色した映画。

1923年のロンドンで精神的な病を患いながら「ダロウェイ夫人」(クラリッサ・ダロウェイがパーティの用意をしているたった一日の物語という、時代は第一次世界大戦が終わり、ヴィクトリア朝時代は退嬰しつつあった頃の物語)を書くバージニア・ウルフ。51年のロサンゼルスで「ダロウェイ夫人」を読む家庭の主婦。01年のニューヨークで詩人の友人のためにパーティを開こうとする女性編集者。3つの3人の女性のドラマが「ダロウェイ夫人」という小説を絡めて交錯していきますが、時代もストーリーの展開する場所も全く異なる為、少々頭の整理を付けるのが難しい映画となっています。

「花は私が買って来るわ、とダロウェイ夫人が言った」。この書き出しから始まる小説『ダロウェイ夫人』を1925年に書いた女性作家ヴァージニア・ウルフは、1941年に夫レナードへ感謝と「私たち二人ほど幸せな二人はいない」と云う言葉を残して、川へ入水自殺するシーンから映画が開始されます。

3つの物語の底流に流れるものは「3人の女性が共有する、生の不安。自分が自分らしく生きることと、社会的役割とのギャップが大きくのしかかってきます。そして死の影。最後に、レズビアニズム」が共通していました。

特殊メイクを施しヴァージニア・ウルフを演じたニコール・キッドマンがアカデミー主演女優賞を受賞しました。しかしながら、ヴァージニアを演じるニコールは暫くは一体誰なのか全く気が付かない程の別人になっていました。

 

『めぐりあう時間たち』のスタッフとキャストについて

Jessica CrawfordによるPixabayからの画像

スティーブン・ダルドリー監督「リトル・ダンサー」(00)で初めて長編映画のメガホンをとり、アカデミー監督賞にノミネートされた。監督2作目本作品「めぐりあう時間たち」(02)ではニコール・キッドマンに、3作目「愛を読むひと」(08)ではケイト・ウィンスレットにオスカーをもらした。両作ともイギリス演劇界出身のデビッド・ヘアを脚本家に迎え、自らも「リトル・ダンサー」から続けて3作連続のオスカー監督賞候補に挙がった超実力派監督。

ニコール・キッドマン:1923年の英国・ ロンドン郊外のリッチモンド。過去に二度自殺未遂騒ぎを起こしたヴァージニアは、心の病の療養の為に夫レナードとこの田舎町に住み、『ダロウェイ夫人』を書き始めていました。本作品でアカデミー主演女優賞を獲得。

出演映画の感想投稿記事はこちら:

映画感想|『ムーラン・ルージュ』(2001/バズ・ラーマン監督)魅惑のニコール・キッドマンの歌と踊り

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映画感想|『アザーズ』(2001/アレハンドロ・アメナーバル監督)ニコール・キッドマン主演のホラー映画

メリル・ストリープ:現在のニューヨークに生きる「現代のダロウェイ夫人」は公然と女性と同棲し、エイズに冒され、精神的に混乱している元恋人リチャード(エド・ハリス)の世話を続けている女性編集者役。

他出演作品感想投稿記事はこちら:

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映画感想|『マディソン郡の橋』(1995/クリント・イーストウッド監督・主演)

映画感想|『ザ・プロム』(2020/ライアン・マーフィ監督)メリル・ストリープとニコール・キッドマン共演のミュージカル映画

ジュリアン・ムーア:一番分かり難いのが彼女の役どころですが、「50年代、ロサンゼルス、 青空の下の住宅で一見、幸福そうに暮らす主婦は『ダロウェイ夫人』を読みながら人生に向き合っている。彼女は、女性が自分らしく生きようとすれば『モンスター』と呼ばれる時代を生きていた……。」(YAHOO映画解説)を読んで初めて理解出来ました。

レビュー|ジュリアン・ムーア/渡辺謙共演 「ベル・カント とらわれのアリア」 結末が余りに哀れ

『めぐりあう時間たち』のネタバレ感想

Richard McallによるPixabayからの画像

3つの時代がの異なるストーリーが同時展開する為、初めは非常に分かりにくい映画です。それ以上に分かり難かったのが、ニコール・キッドマンの特殊メイクでした(言わば”変装”に近い)上映開始後1時間以上も経過して、いつ頃ニコールは出てくるのか少々心配になってしまいましたが、後半ヴァージニアはニコールが演じている事にようやく気が付きました。なぜ、特殊メイクで別人に変装する必要があったのでしょうか?

映画をより深く理解する為に「ダロウェイ夫人」をきちんと読んでみなければならないのかもしれません。しかしながら、以前ヴァージニアの著作「灯台へ」という長編小説に挑戦しました。ほとんどの内容が思考と考察に占められていた為、余り良く理解出来ず途中で断念した経緯があります。本作品映画よりも小説の方が「難解」かもしれません。

正直、本人自身が余り良く理解出来なかった映画を、世間の評判が良いからと言うだけで『素晴らしい映画』として観賞をおすすめすることは、無責任は甚だしいとも考えられますが、ニコール・キッドマンもメリル・ストリープも大ファンなので今回だけはお許しください。

 

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