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1988年、黄山でサルノコシカケを山頂まで売りつけられた話 – 「買え」が「お前は綺麗だ」に聞こえた10時間バスの旅  

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德明 胡によるPixabayからの画像
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雲の晴れ間に撮れた一枚 命名されていますが、失念しました
幻想的な雰囲気に佇む奇岩

010 1988年、黄山でサルノコシカケを山頂まで売りつけられた話 – 「買え」が「お前は綺麗だ」に聞こえた10時間バスの旅
1988年の晩春、南京からバスに乗って安徽省黄山を訪れた。江西省廬山と同じく、黄山も中国山水画の世界そのままの絶景を期待して行った。中国有数の景勝地、世界遺産黄山である。
バスの乗車時間は南京から10時間余りだった。当時発行されていた「地球の歩き方」でも、黄山への最も近い行き方は南京からのバス便の利用を勧めていた。当時は黄山には飛行場も無く、鉄道も通じておらず、陸路バスで行くしかアクセスできなかったと思う。今のように高速道路も整備されていない時代で、バスは古い田舎道をひたすら走った。
車窓風景は典型的な安徽省の田園風景が広がっていた。他の省の田園風景と明らかに違うところは家屋の真っ黒い小ぶりな屋根瓦、屋根の形状が他の地域と異なっていることだ。屋根の両端に載っている重量感のある鬼瓦が空に向かってそそり立っていた。白い漆喰の壁に黒い瓦、どんよりと曇り勝ちの天候と相まって、田園風景は一枚の水墨画そのものだった。ずっと長い10時間のバスの旅の車窓から、飽きることなく見とれていた。安徽省のこの風景だけでも来た甲斐があったと思えるほどだった。この水墨画の風景は今でも忘れられない。
あいにくの雨模様だったが、登山口からひとりで登り始めると何人かの少年がガイドに雇えと執拗に後をぞろぞろついて来るので、ゆっくり景色を鑑賞することもままならず、登山の雰囲気は完全に打ち壊された。雨で濡れた石段を登る私の後ろを、10代と思われる少年たちが数人、ぴったりと付いてくる。振り向いても離れない。
ガイド料を聞くとそれ程高くない。1日雇っても数元だったと思う。即、道案内役に一人雇うことに決めた。雇ったガイドは私の荷物も担いでくれた。途中現れる奇妙な岩峰・奇岩の数々、猿が座っているように見える猿石、亀のような亀石、どこからか飛んできたような飛来石、何とか松と呼ばれる迎客松とか、色々解説し教えてくれるので非常に助かった。黄山は奇松、怪石、雲海、温泉が四絶と言われるが、まさに怪石の連続だ。また登山道は分かれ道も有り、霧で視界が利かない箇所では迷う箇所もあったので、ガイドを雇ったことで全く迷うことなく登頂できたので正解だった。ガイドの少年は地元の子で、黄山の岩の一つ一つに名前があることを誇らしげに話してくれた。このガイドは雇って本当に良かった。
しばらくすると今度は「サルノコシカケ、霊芝」の売り子の激しい攻勢に悩まされた。漢方薬の材料となるキノコの一種、サルノコシカケという植物を抱え、売りつけようと何人もの物売りがしつこく付きまとってきた。直径30センチはありそうな、まるで亀の甲羅のように硬く重そうな大物だ。両手で抱えないと持てないほどだ。
売り手を振り払い登山道を登って行くと、今度は彼らは近道の山道を駆け上がって先回りして待っている。かなり執念深い。私が根負けして買うまで追いかけてくる魂胆と見え、そのしつこさに辟易した。「この前来た日本人は買っていった」「日本人は金持ちだ、お前も買え、買え」と言って全く離れようとしない。雨の中、傘も差さずに待っている。登っても登っても、また同じ顔が岩陰から現れる。
「買え」は北京語では通常「你买、ニー・マイ」と発音するのだが、安徽省の訛りで「你美、ニー・メイ=お前はきれいだ」と聞こえるのだ。物売りの少年たちがにやにやしながら「ニーメイ、ニーメイ」と連呼するので、愈々御世辞作戦で来たのか、褒めて買わせようという魂胆かと勘違いした。雨に濡れながら「お前は綺麗だ」と言われても、あまり嬉しくない。どうやらまったく違ったようで、訛りで「買え」と言っているだけだった。この勘違いには自分でも笑ってしまった。
しかしどんなに安くともサルノコシカケを煎じて飲むつもりはなかったので断っていると、とうとう山頂まで後をついて来て、山頂でもまた「買え」と言ってきた。山頂は霧で真っ白、何も見えない。絶景を見るために10時間掛けて来たのに、目の前にはサルノコシカケと、それを抱えた少年しかいない。これでは黄山を登って絶景を眺めに登ったのか、サルノコシカケを売りつけられに来たのか全く分からなくなった。ひと固まり、重そうなサルノコシカケを買っても荷物になるだけだ。また買ったとしても帰りの通関を無事通れるかも分からない。検疫で没収されるかもしれない。重いし高いし要らない、の三拍子だ。
さすがに下山時にはサルノコシカケは諦めたのか、他の登山者にまんまと売りつけることができたのか定かではないが、漸く姿が見えなくなりほっとした。雨の登山道を一人、静かに下りることができた。やっと黄山本来の静けさが戻ってきた。
また下山後、山麓の出口付近に温泉の看板があったので、汗と雨でびっしょり濡れた服を着替え、冷えた体を温めようと温泉に入ってみた。黄山四絶の一つが温泉だ。期待した。
しかしこれも名前は温泉とは名ばかりで、ちょろちょろ細く情けなく流れる低温シャワーで一向に体が温まらないばかりか、日本でいう鉱泉・冷泉に近く、いくら待っても肩まで浸かるように湯船に湯はまったく貯まらず、諦めて出てきた。湯船はあったが中国人は湯に浸かる習慣が無い。その上、脱衣所にロッカーが無く、脱いだ衣服、大事な財布、パスポートを放置しておくと盗まれる恐れがあり、身ぐるみ剥がれたらどうしようと気になってゆっくり湯船にも浸かることができなかった。結局、冷水を浴びただけで出てきた。これも黄山の思い出だ。
「黄山に登った」とはいうものの、これほど最初から最後まで嫌な思いをさせられ続けた登山はこの山が最初で最後だと思う。現在はもう少し気持ちよく登れる黄山に変わっていることを期待する。ロープウェイも当時は事故の噂で止まっていたが、今は整備されているだろう。
そぼ降る雨の中の登山、雨中の黄山も幻想的で素敵だという方もいらっしゃるが、晴れた日に登る機会があれば、もう一度登ってみたいという気持ちもある。次回は西逓、宏村という美しい古村落も世界文化遺産に登録されているので、黄山の再訪を兼ねて訪問したいと考えている。晴れた黄山の奇松と雲海を、もう一度見てみたい。

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