毎年8月になると、テレビ・新聞は広島と長崎の話で埋まります。
「核兵器廃絶」「二度と使わせない」それは本当に大事なことだと思います。
でも先日、スマホで記事を読んでいた時、ある言葉が目に飛び込んできましたた。
「一撃講和論」
1945年2月、元首相の近衛文麿が天皇陛下に上奏しました。
「このまま戦争を続けたら共産革命が起きる。いますぐ終戦すべきだ」
それに対して天皇陛下はこう返したという。
「もう一度、戦果を挙げてからでなければ講和は難しい」
理由は「国体護持」でした。
無条件降伏すれば天皇制が潰れるかもしれない。
だから1回でも勝って、交渉材料を作ってから降伏したい。
これが「一撃を食らわせてから降伏しろ」という噂の元でした。
その結果どうなったか。
沖縄戦で玉砕、本土空襲、南方で多くの兵士・市民が餓死。
それでもダメで、原爆が2発落とされて、ようやく8月15日に降伏しました。
私はこの言葉を並べた時、ぞっとしました。
「戦争を始める」
「負けを認められない」
「体制を守るために国民の命を差し出す」
天皇陛下が悪かった、で終わらせるのは簡単です。
しかし、「なぜ負けを認められなかったのか」を私たちが知らない限り、同じ過ちは必ず繰り返されます。
もし今「お国のため」と言って、誰かの命が軽く扱われる空気が出たら、私は1945年の2月を思い出すべきだと思います。
「もう一度戦果を」と言って、沖縄も領土も尊い多くの命も失った決断を下した、あの2月を。
原爆の被害を語る前に、戦争を起こしたこと、
降伏を遅らせたことをもっと語り継ぐべきだと考えます。
それが「二度と同じ過ちを繰り返さない」に繋がるんじゃないか。
数字で見るとこうなります。各地域の犠牲者の数
中国:約1,400万-2,000万人
東南アジア:約200万~400万人
日本:約310万人そのうち広島・長崎の原爆犠牲者は約21万人
戦争で合計2,000万人を超える尊い命が失われています。この中で「被害者」として語られるのは、日本の310万人だけではないでしょうか?
この話を読んだ時、戦前生まれの母の言葉を思い出しました。
「日本も中国で悪いことしたんだから、日本が負けるのは報いだよ」
母は歴史の教科書を読んだわけじゃないです。
子供の頃に見た光景、周りの大人が話している会話や噂を聞いてそう呟いたんだと思います。
そして、わたしのひいばあ様は戦中ずっとさつまいも、麦飯、雑穀米しか食べられず、「白米を食べて死にたい」といつも言っていたそうです。
戦争を語り継ぐことは大事ですが、核兵器廃絶のみがクローズアップされ過ぎている気がします。また、軍備増強が進められています。しかしながら、過去の犠牲者の数2,000万人をもう一度思い返し、安全保障に関して、他に取るべき道を検討するべきだと考えます。
※犠牲者数は諸説あります。外務省・広島市/長崎市原爆資料館等の推定を参考


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