雨の土曜日、有楽町の映画館。9時50分からの朝の回、162席がほぼ満席で驚きました。原題は“La Venue de l’avenir”「未来の到来」、邦題は『モネと時間旅行』。モネの名前に惹かれたのか、セドリック・クラピッシュ監督が好きな“おば様”方が目立ちます。「おかえり、ブルゴーニュへ」「パリのどこかで、あなたと」など、人生をちょっと立ち止まって考えたくなる作品が刺さるのでしょう。
まず邦題について。モネは物語の主役というより、未来を照らす大切な脇役です。客寄せのためにモネの名を冠したことは見え見えで、実際に時間旅行をするわけでもありません。一種のドラッグでトリップする描写はありますが…。主人公である21歳のアデル・ヴェルヌイユの名前がタイトルから消えてしまったのが、何より残念に思えました。
いくつか、心に残った点を書き留めておきます。
母親オデットの職業の衝撃
ノルマンディーの田舎からパリに出てきたオデットの職業が娼婦だったこと。18世紀後半というより19世紀末のパリでは、地方から出てきた若い女性に開かれた道は、洗濯婦か画家のモデル、情婦か娼婦かと極めて限定的でした。20年ぶりに母に会いに行く21歳の娘アデルも、噂話などから薄々は知っていたのではないでしょうか。一方で当時のパリには、才能ある若い男たちが画家、写真家、小説家を目指して集まっていました。家賃が安く、自由で、情報が集中していたからです。写真が発明され、印象派が生まれ、映画もパリで生まれた。パリの磁力そのものが伝わってきます。
なぜアデルはパリに残らなかったのか
母に会うという目的を果たしたアデルは、新しい恋人アナトールと共にあっさりノルマンディーへ戻ります。刺激に満ちた憧れのパリに、なぜ留まらなかったのか。映画では特にこだわりもなく描かれます。21歳の彼女にとって、パリは捨てがたいはずなのに。真相はわかりませんが、彼女にとっての「未来の到来」は、パリの眩しさではなく、故郷の土の上にあったのかもしれない、そう思えてなりません。
ノルマンディーの廃屋は絵になり、日本の廃屋はゴミになる
大手スーパーの進出計画が持ち上がる石造りの廃屋。130年放置されても骨組みはしっかり残り、リノベーションすればまだ住めそうでした。日本の空き家問題とは対照的です。20年も放置すれば崩壊寸前になる家も多い。日本でも京町家や合掌造りのように、ちゃんと作れば100年以上持つ建物はあります。東京・丸の内で築50年ちょっとの鉄筋ビルが建て替えられるのを見ると唖然とします。最近のパリでも、リモートワーク用に田舎の古民家を1000万円ほどかけて改装するのがブームだそうです。ただ問題は立地です。過疎化が進む地域では、自治体としてはカルフールやルクレールのような郊外型スーパーに来てもらえれば、雇用も税収も期待できるという現実もあります。
モネの絵の価値は
劇中に登場する、白いドレスの女性を描いた印象派の傑作。値段の開示はありませんでしたが、本物なら少なくとも10〜20億円。状態が良く、来歴がはっきりし、アデルとモネの物語が付随すれば70億どころか100億円超えもあり得ます。一方、親戚の間で語られた国への寄付はリアルな話です。相続税の代わりに現物を国に納める「ダシオン」という制度があるからです。オルセー美術館が豪華なのは、皆が税金代わりに寄付しているからとも言われます。OECDの中でもフランスの相続税は高く、基礎控除は10万ユーロしかなく、5%から始まり最高55〜60%にもなります。
代書されたラブレター
アデルも恋人のガスパールもラブレターを代書してもらっていました。19世紀の農村では、特に女性が読み書きできないのが普通でした。フランスで義務教育が始まったのは1882年。アデルが21歳の1895年は、その最初の世代が大人になった頃で、田舎では学校に行っていない人の方が圧倒的でした。ちなみに日本の義務教育開始は1886年で、4年間の義務教育、授業料は有料。フランスとあまり差がないのも興味深い発見でした。
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100年以上前のパリの登場人物誰も彼も非常に希望に満ち溢れ生き生きとした雰囲気で描かれている映画でした。一方、現在の場面では世相が反映され、パソコン、スマホに没入しちょっと疲れ気味の生活も描かれています。ふだんの生活ではちょっと忘れがちな祖父母やさらにその上の世代の時代はどんなだったのか考えてみるきっかけになる作品でした。
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