>

『スペースマン』は欧米版・出川哲朗の宇宙後悔ツアーだった。妊娠した妻を置いて出世しに行った隣のおっさんの話

スポンサーリンク
絶対見逃せない映画 おすすめ
スポンサーリンク

コメディだと思って再生したら裏切られた

Netflixでなんとなく再生した『スペースマン』。アダム・サンドラー主演のSFと聞いて、宇宙でドタバタするコメディだと思った。
完全に裏切られた。
画面にいたのは、パジャマみたいなよれよれの宇宙服を着たおっさん。189日間、誰とも喋らず、ただ窓の外を見て後悔しているだけ。志村けんがレッドカーペットを歩くくらいの違和感だった。

ハヌーシュの声、良すぎ問題

最初に引っかかったのが、巨大蜘蛛ハヌーシュの声だ。
船内にヌッと現れて「君は孤独だね」と囁く。その声が、あまりにも良すぎる。低く、優しく、ちょっと悲しい。
絶対に声優の加工だろと思って調べたら、声はポール・ダノ。『ゼア・ウィル・ビー・ブラッド』の不気味な牧師、『THE BATMAN』のリドラーだ。そりゃ声が良いわけだ。
欧米版志村けんのはずのサンドラーの横で、ハリウッドの怪優が蜘蛛をやっている。この時点で、この映画はただのコメディじゃないと気づくべきだった。

幻覚か?実在か?ずっとモヤモヤする二重構造

僕はずっと、ハヌーシュは幻覚だと信じて観ていた。
故障した船、止まらないノイズ、睡眠不足。そして地球では妊娠中の妻レンカが「もう無理」と泣いている。そんな極限状態で、自分の罪悪感が蜘蛛の姿になって現れたのだと。
ハヌーシュは、ヤクブの記憶にしかないはずの幼少期の父親のことまで知っている。完全にイマジナリーフレンドだ。
ところが監督ヨハン・レンクは「僕の中ではハヌーシュは本当にいる。だからラストに韓国船が死骸を見つけるカットを入れた」と明言している。設定上は、宇宙の始まりから存在する生物が、孤独の波動に引き寄せられて来たという。つまりSF的には実在。でも物語の機能としては完全に幻覚。この「どっちなんだよ」という二重構造が、この映画をややこしく、そして愛おしくしている。

 

アダム・サンドラーは二重人格俳優、出川哲朗がカンヌを歩く違和感

そもそもアダム・サンドラーという俳優自体が二重人格だ。
日本で言えば志村けん、いや今なら出川哲朗か。普段は「ヤバいよヤバいよ」と全力でふざけて、Netflixから3億ドル(約450億円)という途方もない契約金をむしり取る世界一稼ぐコメディアン。
なのに、たまに『アンカット・ダイヤモンド』や本作のようなシリアスをやると、別人のように目の奥が死んだおじさんになる。
カンヌのレッドカーペットを歩く出川哲朗を想像してみてほしい。その違和感と感動が、まさにサンドラーの現在地だ。
アメリカ人が彼に求めているのは演技力じゃない。「隣のダメなおっさん」としての親近感なのだ。だから宇宙服を着ても、バスローブでコンビニに行くおっさんにしか見えないのが、逆に強い。

これは宇宙の話じゃない、置いてけぼりにした亭主の後悔ツアーだ

そして、この映画の本質に気づく。
これは宇宙の謎を解く映画じゃない。妊娠した奥さんを置いて、出世したい、有名になりたい一心で、内緒で宇宙に飛び出した亭主の、壮大な後悔ツアーなのだ。
ヤクブはチェコの英雄になりたかった。貧乏で共産党に協力した父の汚名をそそぎたかった。その野心のために、つわりで苦しむレンカを一人残して、たった一言「行ってくる」で出て行ってしまった。
宇宙の果てで、やることがないからずっと過去を反芻する。レンカが流産しかけた夜、抱きしめなかったこと。いつも自分の話ばかりしていたこと。
ハヌーシュは容赦なく突く。「君は愛することを知らない。愛を消費してきただけだ」と。
最後にヤクブが下した決断が全てだ。歴史的なサンプル採取を放り出して、ボロボロの脱出ポッドで地球に帰ろうとする。英雄になることをやめて、ただ「ごめんね」を言いに帰る。
宇宙の始まりであるチョプラ雲に触れて、自分の始まり、つまり妻と出会った時の気持ちを思い出したのだ。笑っちゃうくらい小さな、でも男にとっては宇宙より壮大な話。

 

全世界で2270万人しか観ていない、孤独な映画

ちなみに本作、全世界で2270万人が最後まで観たというデータがある。サンドラー作品としてはNetflix史上最低の数字らしい。コメディを期待した観客の8割が、開始20分で寝落ちしたのだろう。
つまり、宇宙で一人ぼっちなのはヤクブだけじゃない。この映画自体が、Netflixの片隅で一人ぼっちで漂っている。
だからこそ、最後まで観た僕らはレアなのだ。隣のおっさんが、宇宙で泣いているのを見て、僕も隣の部屋にいる人に、ちゃんと謝ろうと思った。そんな、笑っちゃう総括の映画だった。

僕がまんまとハマった、Netflixの3つの罠

この記事を書き終えて気づいた。僕は完全にNetflixの罠にハマっていた。

罠その1:サムネ詐欺

Netflixのトップに並ぶ『スペースマン』のサムネは、「アダム・サンドラー、宇宙で大冒険!」という顔をしている。キラキラした宇宙と、ちょっと真面目なサンドラー。これは絶対面白いやつだ、と僕は再生ボタンを押した。
蓋を開けたら、よれよれのパジャマ宇宙服で、189日間ただ後悔しているおっさんの映画だった。コメディ要素は1ミリもない。サムネ詐欺の完成度が高すぎる。

罠その2:3億ドルの安心感

アダム・サンドラーはNetflixと3億ドル、日本円で約450億円の契約を結んでいる。だから僕らは無意識に思う。「3億ドルも払うんだから、つまらないわけがない」と。
でもこの3億ドルは、コメディ4本分の前払い金。この『スペースマン』は、「たまには真面目なのが撮りたいんだ」とサンドラーが頼み込んで撮らせてもらった、いわばボーナス作品なのだ。Netflixも「まあ、コメディで稼いでくれればいいか」と許した、大人の事情の映画。僕らはその事情を知らずに、「3億ドルだから面白いはず」という錯覚にハマった。

罠その3:20分で寝落ちさせる巧妙なテスト

本作のデータを見て戦慄した。全世界2億6000万人の会員のうち、最後まで観たのはわずか2270万人。つまり2億4000万人以上が、途中で寝落ちか離脱している。Netflixの社内データでも、開始20分で離脱率が急上昇するらしい。
なぜなら前半20分、何も起こらないからだ。無重力で浮くおっさん、ブーンというノイズ、地球からの妻の留守電。それだけ。コメディを期待した観客は、ここでそっと「戻る」ボタンを押す。

これはNetflixが仕掛けた忍耐力テストだったのだ。20分の退屈に耐えられた者だけが、後半の「ただ、ごめんねを言いに帰る」という感動に辿り着ける。
僕はまんまと3つの罠にハマり、最後まで観て、こうして2000文字超のブログまで書いている。完全に術中だ。

でも、2億人が寝落ちした映画を最後まで観た2270万人の一人になれたのは、ちょっと誇らしい。もしこのブログをここまで読んでくれたあなたも、きっと同じ罠にハマった仲間だ。

ようこそ、孤独な宇宙へ。

コメント

タイトルとURLをコピーしました