なぜ、「五・一五事件」 を読んだのか?
歴史の教科書では、2,3行で説明されている事件ながら、その影響力は政党政治の終焉、この事件をきっかけにして第二次世界大戦の泥沼に日本は入り込むようなかなり暗い雰囲気の事件という印象をもっていた。背景にある人物像や世相など詳細な解説がなされており、事件の全容がよく理解できる作品となっている。また著者は私より20歳以上も若手の学者であり、その踏み込んだ歴史の造詣の深さには恐れいった。
改めて、5.15事件の真相を知ることは、一度歴史に立ち返り同じような過ちを犯さない様にする反省も踏まえ、何が正しいことで、何が間違っているかを再認識する意味では歴史を正しく知る大変重要だと思う。また、正しく知る責任もあるのではないかと考えている。
「五・一五事件」 を読んだ概要と感想
一部軍隊の暴走という認識があった。首相官邸に乗り付けた実行犯人はタクシーに乗って出かけたと記述があり、これには正直驚いた。しかも、犬養毅首相殺害の後、待たせておいた運転手に次の場所を指示して運転させているところはもう一回驚いた。私は装甲車などの軍事車両で官邸まで乗り付け、犯行に及んだものと思っていたが、どうも全く違うらしい。一部では、民間人右翼の政治的テロの実行だったと思う。
一国の首相を暗殺した犯人であるにも関わらず、陸軍、海軍関係者とも死刑を免れ比較的軽い刑であったことは当時の世論の見方が大きかったという。軍人の暴挙でありながら、“正当な理由”さえあれば、人殺しでも許されるということなのだろう。当時の世相は今日から見ると多少常軌を逸している面もあると思う。5.15事件犯人の量刑の軽さが、結果的に次の事件を生み出しており、第二次世界大戦没入と言う未曽有の惨事にひたすら邁進する軍部を抑えられない明らかな兆候が見られる。
首謀者である海軍中尉古賀清志氏は5.15事件前に上海で戦死しており、襲撃には加わっていないとのこと。彼が目指したのは、「海軍・陸軍・民間が合力した『決起』にする事がであった。恐慌で苦しむ農民と、軍縮に憤る軍人とが一致団結した政党・財閥ら上層階級に意義を唱える『大義名分』が生まれる」というシナリオを描いていました。
また、本書では『憲政の神様』犬養毅首相が死んだ後、なぜか政党政治は終焉を迎え軍部が台頭することになりますが、そこには天皇陛下のご意向も絡んでいた可能性が大きい等々いくつかの要因の説明がされています。
実行犯の法廷闘争の様子及び戦後釈放された後の生き様詳細の記載がなされています。
世間の一般的評価はどのようなものがあるか?
読書のレビュー記事はこちらを引用させて頂きます。
研究の少ない五・一五事件の本格的な研究書である。 大正期からの海軍軍人中心による国家改造運動。それが、リーダー藤井斉の死などもあり、大規模なクーデター計画から、政府要人へのテロへと縮小していく。しかも、計画通りには行かない。首相である犬養毅の死後、軍部と政党の対立のなか天皇の政党への不信から穏健派軍人の斎藤実内閣が成立して、政党政治は終わる。事件を起こした軍人らの裁判のなかで、彼らの主張への共感や同情により、減刑運動がおこる。 裁判後、服役していた軍人らは、減刑で出獄する。中には三上卓のように、政治の世界で活動するものもいた。この事件後、現状維持か、昭和維新かという二つの潮流がはっきりと渦巻くようになる。こうした、時代の転換点を象徴する事件であったことが、良く理解できる書である。
五一五事件だけでなく、これをきっかけとしたほかの事件や日本の状況を余すとこなく伝えてくれる。事件当事者達のその後の人生にも記載されている。この作品は、五一五事件を中心とする作品では古典になるのではないか。
新書ではあるが、大作である。
同じ作者のおすすめの本はあるか?
著書『憲政常道と政党政治――近代日本二大政党制の構想と挫折』(思文閣,2012年)『評伝 森恪――日中対立の焦点』(ウエッジ,2017年) 共著『昭和史講義1~3』(ちくま新書,2015~17年) 『大学でまなぶ日本の歴史』(吉川弘文館,2016年)『日本政治史の中のリーダーたち―― 明治維新から敗戦後の秩序変容まで』(京都大学学術出版会,2018年)他多数
最後に
昭和の戦前のテロ事件の一部始終の解説書である。昭和恐慌後の庶民の苦しみ、政党政治の腐敗、財閥の専横を一新する為の首相暗殺事件という血なまぐさい衝撃的な事件である。しかし、実行犯の海軍・陸軍将校らは当時国民からは大きく支持を得ていたというから驚きだ。正に狂気の昭和戦前の歴史の一面を垣間見る事が出来る好書。
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