1. 美容院
中国の美容院(床屋兼営)の特徴は、髪を切る前に必ず洗髪と肩・背中のマッサージを丁寧にやってくれることだった。髪が全部抜けてしまうのではないかと思うほど、指先を立てて毛穴付近の脂質は根こそぎ取れるまでゴシゴシ洗う。これが爽快で、実に気持ちいい。おかげで美容院に通う頻度が増え、髪がどんどん短くなって困ったほどだ。
ある日、当時まだ40歳前後だった私の白髪を何本か目敏く見つけた店員が、「白髪を染めませんか」と勧めてきた。「広東省政府の役人〇〇〇は先週うちで染めた」と言う。名前を聞いても、どんな要人なのか全くピンとこない。「全く気にならないので、まだいい」と断った。
ところが後日、別の目的(本当は洗髪とマッサージ目当て)でその店に行くと、またも執拗に染めるよう勧めてくる。値段を聞くとそれほど高くない。目立つほどではなかったのだが、とうとう根負けして、一度試してみることにした。
結果は最悪だった。染め上がった髪の毛を見ると、驚いたことに、真っ黒、コールタールのように真っ黒なのだ。髪の毛一本一本が太くなったように見える。しかも地肌まで真っ黒に染まっている。おまけに異様な臭いが、洗っても洗っても落ちない。家でシャンプーするたびに真っ黒な泡が立ち、枕カバーまで朝起きると薄っすら黒ずんでいる。この髪でゴルフに行ったが、被った帽子のしたで髪の毛が蒸れて異様な臭いには参った。その後、洗っても洗っても元に戻らない憂鬱な日々を送った。
こんな髪染めを広東省政府の役人がするわけがないと思ったが、後の祭りだった。それ以来、散髪は他の店に行くことにした。
2. ライチ狩り
広州近郊の農村では、6月頃からライチが採れ始める。新鮮な採れたての枝付きライチが、バケツに入って市場に大量に並ぶ。日本ではなかなか味わえない光景だ。
ライチ狩りとは、農園のライチの木を一本借り切って、木に登って自分でもぎ取り、その場で食べるという、日本の梨狩りやイチゴ狩りと同じ趣向でが、木登りが得意な人を連れて行かないと、木の上の方のライチは収穫出来ない。
この時期、広州郊外の農村の気温と湿度はとても厳しい。湿度の高い木陰は、蚊が恐ろしく多いのだ。本来なら防虫スプレー、長袖長ズボンが必須なのだが、当時の私はそんな考えも全くなく、無防備で参加したのが運の尽き。全身くまなく蚊に刺されまくり、ライチ狩りどころではなくなった。
それに、あまりに美味しいからと食べ過ぎにもご用心だ。一日300グラムまでが許容範囲らしい。食べ過ぎるとニキビや吹き出物の原因になるし、カロリーも高く太る。食べた後は塩水を飲むことが推奨されている。一番甘いの言われる品種は”妃子笑”(有名な楊貴妃が食べて笑ったライチがこれだ)、”糯米糍”などが一般的によく売られている。新鮮なライチは日持ちせず、すぐに外皮が黒ずむのでもぎ立てが一番だ。
3. 漢時代の遺跡
ある日、マンションの横で広州市内の環状道路の高架建設の基礎工事が始まった。大規模な工事だったが、朝晩の通勤や生活にはそれほど影響がなく、一安心していた。
ところが、突然、工事がピタッと止まった。現場の横を通り掛かり、ちらっと覗くと、10m近く深く掘られた穴の脇に石積みの壁が露出していた。
後で聞いた話では、漢時代、今から2000年以上前の建造物の遺跡にぶち当たったらしい。広州は珠江デルタの一角で、珠江の氾濫による堆積物が過去の遺物を覆い隠し、何層にもわたって異なる時代の生活が積み重なってきたのだ。
工事はしばらく中断し、「発掘調査」が行われた形跡はあったが、それも束の間、すぐに工事は再開された。何か貴重な発見はなかったのか気になったが、このようなケースは日常茶飯事で、一件一件を手間暇かけて発掘調査し、必要なら保存する、などという対処を待ってはいられないのかもしれない。
それにしても、一瞬だけ陽の目を見た漢代の石垣(住居跡だろうか)は、一体2000年前のどんな世界を目撃してきたのだろう、今でも気に掛かっている。
4. 骨董家具街
当時、骨董品などに全く興味がなかったのだが、友人に紹介され、何度か骨董専門店街を訪ねた。
中華民国時代や清朝の掘り出し物の家具として売られているものも多かったが、こちらの鑑識眼はズブの素人で、物の価値が全く分からない。たとえ購入しても、中国のだだっ広いマンションに置く分には問題ないが、いざ帰国して引っ越し荷物として日本に送ると、狭いマンションでは置き場に困る――そう思っていた。
ところが、実際にはもの凄く大きな椅子を2脚、形状が気に入り衝動買いしてしまったのである。
背もたれに大きな太い木(楡と言われた、宮廷などで使われる紅木などではない)を馬蹄形に曲げて作られた椅子だ。一部は現在の職人の手を加えて再生したもののようだったが、この馬蹄形のカーブの形状がどうにも気に入り、購入を決めてしまった。ただし、座り心地はそれほど良くないのが難点である。
案の定、自宅マンションでは邪魔者扱い。かみさんからは「日本に住んでいる中国人に買ってもらえばいいじゃない」という意見まで出て、何人かに打診してみたが、全く興味を示してもらえなかった。
そんな中、幸い戸建てに住み替えることができ、椅子2脚もようやく居場所ができて一安心している。私自身は今でも、清朝の頃の作品だと信じているが…



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