なぜ、 線は、僕を描く を読んだのか
第59回講談社メフィスト賞受賞作であった事が大きい。メフィスト賞とは一次選考から編集者が直接目を通して、受賞作を決めている賞です。(他の賞だと、最終選考は作家の方に読んでいただき、編集部が一番いいと思った作品とは違うものが受賞することもあり得る)選考の為の編集者ら選考会で、出席者が全員が素晴らしいという作品があるとは限りません。第59回受賞作本編『線は、僕を描く』はどうやら、ほぼ全編集員の全回一致の絶賛の嵐だったようです。水墨画を題材にした王道の青春小説で、昨年6月に刊行され、講談社では2019年の大本命だと書店員からも社内からも声が上がっており、本年度本屋大賞にノミネートされた作品の一つです。
あらすじ:
2年前に両親を一度に交通事故で失い、喪失感の中にあった大学生の青山霜介(水墨画については全くのど素人)は、アルバイト先の展覧会場で水墨画の巨匠・篠田湖山と出会い、なぜか湖山に気に入られ、その場で内弟子にされてしまうことから物語がスタートします。ところが、それに反発した湖山の孫・千瑛(かなりの才色兼備の美女)は、翌年の「湖山賞」をかけて霜介と勝負すると宣言します。水墨画とは、筆先から生みだされる「線」の芸術。描くのは「命」。はじめての水墨画に戸惑いながらも魅了されていく霜介は、線を描くことで自分の才能を開花させていくと同時に、両親の喪失感から徐々に恢復していくという内容。
他に2020本屋大賞にノミネートされた作品の投稿記事はこちら:
流浪の月 凪良ゆう著 感想 (大賞受賞)
ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー 書評 (著者ブレイディみかこ)
ライオンのおやつ 小川糸著 瀬戸内海のホスピスで生きる主人公を描く‐感想
熱源 直木賞 川越宗一著 樺太アイヌを主人公とする感動の歴史小説
等々。
線は、僕を描く を読んだ自分の感想
まず、水墨画の師匠と弟子の関係や水墨画の描き方、世界観などが全編にわたり詳細が説明されており、新しい世界の一端を知るきっかけになりました。線一本でそれも恐ろし素早い描写で、春欄や菊などを描いていくようです。また、筆を動かす以前にすべての構図は白紙の中に(頭の中に)描かれており、それを素早く筆で書き入れるとのこと。
難しい内容にも関わらず、平易で分かり易く説明されているので読者にはそれ程ストレスを感じる事が無く、読み進むことが出来ると思います。
本書の中でちょっと気になった部分を以下引用してみます。
「線を描くのは手ではなく作者の体で描くもので、絵画と他の芸術と異なり、身体を駆使したアスリート的な『芸術』である」と。また、墨の刷り方次第で描かれる水墨画も違ったものになるそうです。(墨汁でも代用できるのかと思ったら、人間の手で丁寧に墨を摩らないとだめらしいです)描く前段階から描かれる水墨画の良し悪しは決まってしまうという内容も衝撃的でした。まるで、禅問答を聴いている様な文章が色々語られます。「真面目さは決して悪くないけれども、自然ではない…」など、分かった様な分からない様な文章が全編に散りばめられて物語が進展していく所もかなり水墨画の世界感を知る為に貴重ではないかと思います。さらに「拙さが巧みさに劣るわけではない…」「君にもきちんと分かる時がくる...」この言葉なんかも物語の中であやふやに終わるわけではなく、きちんとどういう事なのか分かり易く説明されているところが良いところです。「水墨画は確かに形を追うものではない。完成を目指すものでもない。」「生きているその瞬間を描くことこそが、水墨画の本質」と語られています。これなども芸術の奥義について語られています。色彩を使わず単純な線一本で描く芸術、17文字で表現される俳句の様な文学とシンプル化という意味では相通じるところがあるのかもしれません。また、線一本であでやかな草花の色までも描き上げるという点にも、驚かされます。師匠の言葉に「青山君、命を見なさい。形ではなく、命を見なさい」と語りかけています。「私は花を描けとは言っていない。花に教えを乞えと言った」これらを聞いて普通のぼんくらな弟子であれば、まるっきりちんぷんかんぷんの教示方法なのかもしれませんが、秘められた才能を有し内弟子として迎えられた弟子であれば、聞いてすぐ習得出来るのかもしれません。
なお、著者のインタビュー記事でかたられていますが、実際の水墨画の師匠というのは、やはり想像したように一切言葉では説明してくれず、見本のようなものを見せ、「ほらこれでやれ」というだけらしいです。本書の中の湖山師匠は例外中の例外みたいですね。
そして、この作品が芸術論だけではけっしてなく、恋愛がらみの青春小説として展開していく構想も奇抜で面白い所だと思います。
世間は客観的な意見はどんのものがあるのか
多くは好意的な意見が多く、中にはもともと小説が先ですが、漫画化されている為、初めに漫画版を読んでから改めて原書を読み直してみるという人も多いようでした。話題の中心は水墨画の世界を、実際は言葉では表現できないような内容を平易に説明されており、非常に分かり易いと評価されています。また、その理由はやはり著者自身が作家が本業ではなく、水墨画の絵師が本業であるという事が分かりました。絵師が小説を書くということも十分驚嘆しますが、絵師が非常に分かり易い「水墨画の技法、水墨画の世界感、水墨画の味方等々」を解説してくれている指南書として読む十分価値はあると思います。
線は、僕を描く どんな人に読んでもらいたいのか
小説が好きな人も、水墨画などの芸術作品の鑑賞の仕方に興味がある方にも十分読み応えのある本だと思います。核心部分には線を引いたりメモを取ったりして読むのがいいと思います。読み流してしまうのはもったいない様な気がします。是非、水墨画の展覧会を訪れ、本作品片手に水墨画を鑑賞してみたくなる気にさせてくれる作品です。
線は、僕を描く はどんな人が読むべきなのか
水墨画や美術・芸術に興味がある人。絵を描く・見るのが好きな人。青春(恋愛)小説に興味がある人。
同じ作者のおすすめの本はあるのか
まだ無いようです。著者自身が語るには「明るいものを書きたいと思っています。ばんばん人が死んだり、殺されたりというのは、あまり好きではないので。平和で明るい話。いまのところはそれくらいですね。」とのこと、是非次回作も出たらすぐ読んでご報告します。より深い水墨画の奥義の一端をこれからもより易しく開示して頂き続けることを大いに期待します。
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