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世界遺産・莫高窟と月牙泉の昼寝

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終点。西安駅。北京から一晩、早朝ボロ雑巾で顔を洗う。

ここで切符が変わり、言葉が変わり、風が変わる。これから先は、砂と仏と、昼寝と曲芸の国。わたしはまだ中華の中心にいるのに、もう西域の匂いがしました。憧れの敦煌…終点であり、はじまりの街。北京から夜行の着く西安駅。ボロ雑巾で顔を洗った時、もう西域だった。

 

西安駅 西域の玄関口で顔を洗う

反対ホームに停車中の蒸気機関車、これが西域の玄関口から北京あるいは上海まで約1200Kmを駆け抜ける

北京から西安経由嘉峪関・敦煌の順で訪れました。西安駅へは北京からの夜行電車に乗り、西安駅に早朝降り立ちました。ホームでは洗面器に沸かしたお湯を溜めて顔を洗えます。当時としては他駅でもめったに見かけない有難いサービスの提供がありました。何人かの乗客か利用していたので、1元か5角を払い、蒸気機関車の煤で真っ黒の顔を洗う事にしました。洗面器の台には顔を拭く乾いたタオルらしきものまでぶら下げられていました。雑巾のような色をした良く使い込まれている感じの手拭いでした。この「雑巾」で顔と手の水を拭い、”さっぱりし”改札口に向かおうとしました。

ところが、ホームには列車から降りたたくさんの乗客は、いつの間にか一人も見当たらなくなっていました。普段はかなり悠長に歩いている中国人乗客も意外と足早にホームから、まるで蜘蛛の子を散らすようにいなくなったので少々驚きました。どこに消えたの?

広い駅なので改札口が分からず途方に暮れ「洗面器」のおじさんに「出口はどっちだ?」と聞いても、わたしの「出口」という北京語の発音が全く通ぜず、たいへん苦労しました。そのうち、なんとか「出口はあっちだ」と教えられ漸く駅の改札口から出る事が出来ました。わたしの西安の第一印象は洗面器のお湯のサービス、黒い雑巾の手拭いとまったく通じなかった「出口」です。

 

帰りに寄ったトルファン郊外のエミン塔

敦煌とい地名については中学時代、井上靖の小説「敦煌」「蒼き狼」などを読んだ事がありました。中国の地名のなかでは、北京、上海と同じく強く印象に残っており、「敦煌」という地名の響きに強い憧れとロマンを感じていました。

この小説を読んだ方は多いと思われます。北宋の時代、科挙の最終面接試験(殿試)の待ち時間にうっかり居眠りをして試験に落ちた主人公が、途方に暮れて彷徨よい歩くうちに偶然、西域に有った未知の国家「西夏」の文字を見掛け、自分の国家以外に別の文明国が有る事を知り驚きます。そして、それをきっかけに西域へと旅立つ物語です。そして、わたしも小説を読んでから15年目、漸く憧れの敦煌に足を踏み入れる機会を得て本当に感激しました。

 

鳴沙山と昼寝する三日月

わたしが訪問した80年代の敦煌の町は、既に人も多く住んでおり、予想以上に大きな町だったという印象がありました。莫高窟行のミニバスが運行されていたので乗り込み、砂漠の道を進みました。

敦煌の町の田園風景のはるか彼方に鳴沙山と思われる山容が突如鮮やかに出現します

微粒子の砂をキュッキュッと踏み鳴らし登ります。靴に砂が大量に入り込みどんどん足元が重くなります。

エメラルドグリーンの月牙泉、木の下で午睡。

近くに鳴沙山という小高い丘があり、その麓に月牙泉という池があります。この砂漠の中の泉はとても小さく、水の成分のせいで美しいコバルトブルーでとても奇麗な色をしてました。

砂漠の中の泉は、不思議な事に未だかつて枯れたことが無いと言われています。生えていた数本の小さな樹木の木陰に、気持ちの良い風が吹いていたので、旅の疲れがでたのか、不覚にも旅行カバンを枕にうとうととほんの短い時間居眠りをしてしまいました。見も知らぬ土地で、泉を渡る涼風が気持ちよく、突然睡魔に襲われる…まるでアラビアンナイトの話の様ですね。(砂漠のマジック…)

中国で見る夢らしく「邯鄲の夢」の様な一生の栄華盛衰を経験する夢でも見られたら良かったのですが、残念ながらありきたりの短い、ただの居眠りで何の夢も見ることはありませんでした。

古来この泉の木陰で一体何人の人がうたた寝をしてきたのだろうかと想像しました。それ程、気持ちの良い場所なので、多くの方に是非尋ねて欲しい所だと思います。きっといい夢が見られるかもしれません。身の回り品の管理は注意を怠らず…

莫高窟 千の仏と対峙する

中国三大石窟のひとつ莫高窟は黄色っぽい、非常に木目細かい砂に覆われた砂漠の中に忽然と現れてきました。砂漠の中の岩山をくり抜いて掘られたたくさんある洞窟一つ一つの内部に仏像が彫られ、極彩色に彩色され生き生きと描かれていました。乾燥した砂に埋もれていた事から腐食されることなく保存状態が良ったと聞きました。日本の飛鳥、天平美術との共通性がはっきり見て取れる仏教画の傑作にしばし見惚れました。砂漠の大画廊といわれています。両国の共通性がこれほど明瞭に顕れる史跡は稀ではないでしょうか?瓜二つといってもいい…

世界遺産。暗い洞窟、色褪せない壁画の数々。言葉が出ない。神聖過ぎて何故かカメラをしまう。

見どころ満載、当時は各部屋を比較的自由に見て回れました。極彩色の壁画も剥き出しのまま…

街角 二人組の幼い少女の曲芸師と出会う

旅回りのサーカス団 ネットも命綱も見当たりません!

観客もほとんどが少数民族

 

1980年代後半に私はウイグル自治区のウルムチ、カシュガル、トルファンは既に訪問していました。今回別の機会に甘粛省敦煌、嘉峪関を訪問しました。

終章 雑巾の記憶と汚れを洗い落とす

帰りの西安駅、また同じ雑巾。汚れを落としたのは顔じゃなくて、私の境界線だったのかもしれない…

今回の旅は蒸気機関車が牽引する夜行列車、西安駅の洗面器とタオル、敦煌、莫高窟、鳴沙山、月牙泉、少数民族の曲芸師など何年経っても忘れることの無い強烈な印象を残すものばかりでした。

そして、最後のエピソードがあります。しっかりと敦煌の思い出を胸にしまって当時住んでいた北京駅に深夜にたどり着くと、駅前にはタクシーの姿がまったく見当たりません。北京駅から留学先の北京大学までは20Km近は離れていました。旅の疲れも重なり、途方に暮れていると一両の馬車が近づいてきました。御者と馬車。地方から北京に集まる若者は10月から学期が始まるいろいろな大学の初々しい新入生が大半でした。荷台に荷物と一緒に乗ったもののなかなか出発しそうにありません。馬車は定員がいっぱいになって出発です。馬で深夜の北京市内をパカパカと蹄の音高らかに…北京人民大学、北京語言大学、あらゆる大学の前に途中下車し、遠い北京大学には何時ついたのか記憶は定かではありません。日が漸く登り始めた頃、正門前に到着。早速シャワールームに飛び込み旅行中の汗と汚れを洗い流すことに…恥ずかしくなることに頭と体を洗うとどす泡が黒い、西域で拾ってきた砂と、莫高窟の時間と、月牙泉の昼寝が、全部流れていった気がした!

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