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日本百名山「皇海山」(すかいさん・2144㍍)難関ルート登山の思いで

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旅の随筆
Albrecht FietzによるPixabayからの画像
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社会人になったばかりの頃、見よう見まねで本格的なトレッキングを開始しました。わたし自身、登山記録というものを取った事がありませんでした。会社では山岳同好会の月報が回覧されてきましたが、他のメンバーの方が、非常に細かい行動ルート・時間、登山の状況を書き留められているのでびっくり仰天しました。当時、一緒に登った人が山中で行動中、メモを取っている姿を見掛けた事はなかったので、あの行動記録は全部頭に記憶しているのかと思い込み本当に驚きました。(実は、本当はしっかりメモされていたようです)

今回の、皇海山(すかいさん)標高2144㍍)には、遥か以前の1986年10月第一週と微かな頭の中の記憶を頼りに報告させて頂きます。

「すかいさん」という不思議な山名に魅かれ大変興味を持っていました。山容も大変特徴があり遠くからも皇海と良く分かりました。会社の同僚を誘い、出掛けてみました。メンバーは4名(男女各2名)と一緒に行きました。群馬県と栃木県の県境に跨り、最近利用されているのはメインである群馬県側からの登山ルートでは往復5,6時間程度と比較的楽に登れるようですが、当時われわれの利用したルート(足尾側銀山平からアプローチ)は総歩行距離26㌔、累積標高差が2600㍍強とかなり手強く、相当難度の高いものでした。今後、登られる方には、わたしは絶対に群馬県ルートからの比較的安全で楽なルートを是非おすすめします。

銀山平、国民宿舎かじか荘奥の無料駐車場に自動車を止め、歩き始めました。一の鳥居を通過後、現在は庚申山荘が建てられていますが、当時は神社の祠の様な施設「小屋」に到着しました。何となく記憶は曖昧ですが、山荘と言われる程しっかりした宿泊施設ではなく、雨露を凌げる程度の建物でした。現在の「庚申山荘」のHPを見るとかなり立派な建物になっているので、われわれの訪問の後、しばらくたってから新しく新設されたものと思われます。

その日の晩、ヘッドライトを頼りにようやく「小屋」に到着し扉を開けると、既に男性客数名が先に到着しており、車座となり何やら「小宴会」を開いているようでした。一般登山客とは違った服装だったので、祠で行われる「年中行事」の地元の関係者の方々ではなかったかと思いました。突然の我々闖入者に大変驚いている様でした。こちらも、先客に驚きましたが、夜も遅く、お互いに話し掛けることを控えたまま、簡単な夕食を済ませ、僅かなスペースを見つけ、寝袋に入り込み、直ぐ寝入ってしまいました。

夜半からは雨が降り始める気配を感じ、明日の登山は如何なるものか一抹の不安を抱きながら、寝入りました。翌朝、起きると雨は上がっていました。宿泊した「小屋」は陽当たりの悪い山の鞍部に建てられていた為、陽光がまったく当たらず薄暗かったので、起きたのは夜明けを大分過ぎていました。同宿していた他の客一行の姿は既に消えていました。登山では早起き、早出が鉄則の筈ですが、とんだ寝坊をしたものと反省しましたが、後の祭りでした。

コース全体は長い上に侮れない難所の連続、鋸山11峰(名前を聞くだけで鳥肌が立ちます)、ロープ、鉄梯子、鎖場、「落石注意」の看板、吊り橋、高低差の激しい上り下りの繰り返し、断崖絶壁の恐怖感に膝ががくがく震えそうになる等々、思わず「なんじゃこれは!」と叫びたくなるような危険個所の連続でした。関東近郊でよもやこれ程厳しい山登りを強いられるとは夢にも思いませんでした。なお、昔は修験者の鍛錬の場であったと後から聞かされ、納得しました。

想定以上の登攀時間を要しながらも、一向に皇海山頂上に到達できず、途中「諦めて引き返した方がいいのではないか」という考えが、恐らくメンバー全員の頭に過ったと思います。しかしながら、今まで登って来た険しい道をそのまま引き返す事にも相当な抵抗を感じました。

ようやく、皇海山山頂に到達。途中の庚申山から5,6時間以上を要したのではないでしょうか!わたしは嬉しさのあまり、山頂の広くもない地面に体を投げ出し、腹這いとなり、両手両足を打ち震わせ喜びを全身で表現しました。あの時の感激は、その後いくつも山を登っていますが、最初で最後かもしれません。社会人となり本格的なトレッキングを開始して、皇海山は一番苦しく、且つ一番達成感を感じることが出来た山でした。

暫し、あまり展望の開けていない山頂に留まり、遅めの昼食のおにぎりを食べ、休息後、六林班峠経由で下山を開始しました。こちらのルートは岩峰こそ少ないものの、沢沿い、ガレ場の連続、さらに笹藪ルートの為、ルートファインディングでしっかりルート確認をしていかないと道を見失う可能性が高く、とても苦労させられました。ルートは歩かれてはいるものの、地面のルートを隠すようにヤブが生い茂り判別が難しくなっていました。六林班峠付近で一度大幅にルートを踏み誤り、途中から登り返すという事もありました。

標識、目印のテープなども少ないながらもあったとは思いますが、日も陰り、段々薄暗くなるなどして、判別がつかなくなってきたと思います。どうにかこうにか、無事かじか荘駐車場まで辿り付く事が出来ました。

疲労困憊でしたが、車を運転し日光いろは坂を通過すると紅葉が真っ赤に色づいていたのが大変印象的でした。多分皇海山も全山紅葉していたと思うのですが、緊張感からか登山中は全く目に入っていなかったのかもしれません。わたしは運転を担当していたので、足は山の疲労で諤々、急カーブの連続のいろは坂の為、慎重な運転に全神経を集中していたので、紅葉を見る余裕は余りありませんでした。

機会があれば、(いつになるか分かりませんが)次回は群馬県側からの不動沢ルートに是非挑戦したいと思いっています。

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