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超大型ノンフィクション『天路の旅人』(沢木耕太郎著/新潮社)感想‣西川と沢木の年の差は約三十年で、親子ほど違い。共通点は二人の旅が二十六歳の時に始まったことだった…

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『天路の旅人』をどうして読んだのか?その概要

第二次大戦末期、敵国の中国大陸の奥深くまで「密偵」として潜入した若者・西川一三。敗戦後もラマ僧に扮したまま、幾度も死線をさまよいながらも、未知なる世界への歩みを止められなかった。その果てしない旅と人生を、彼の著作と一年間の徹底的なインタビューをもとに描き出す。著者史上最長にして、新たな「旅文学」の金字塔。(新潮社HPより引用)

主人公の西川一三氏は自らの体験を記した『秘境西域八年の潜行』という自伝的な書物が有ります。また、中公文庫で既に発行されていると言います。

 

ご本人が記された”自伝”があるならば、そちらを読んだ方が間違った情報、無駄な感情も入らないのではとも思いました。しかし、以前沢木耕太郎の著作を何冊か読んでいたことから(大変読みやすく、新しい発見も多かった等々)迷うことなく沢木版の本書『天路の旅人』を手にして読むことにしました。

 

なお、沢木は本書執筆に際して、存命中の西川氏の住まわれている盛岡まで毎週末訪ね、話しを直接聞くというプロセスをほぼ1年間繰り返していました。西川氏も既に著書を出版し、そこそこの世間の反響を得ていたそうです。矢張りそれだけでは、満足せず沢木の様な人間からもっと詳しい情報を質問される事を快く思っていたに違いありません。

『天路の旅人』の感想

こんな旧日本軍の”特務”があったこと自体まったく知りませんでした。まったくむちゃくちゃな命令でした。第二次世界大戦中に「日本人であることをひた隠して、モンゴル人に成り済まし、敵国中国の奥地に潜行して、有用な”情報”を収集しろ」とはミッションインポッシブル!その間の給料だけは外務省から西川氏の実家に送金されていた様です。現地の西川氏に手渡す手段も無い為、彼は生活費に困り乞食同然の生活をして飢えを凌いでいました。

 

本書を読んでまず思い出したのが、私自身の中国経験や周辺地域の思い出話でした。本著を読んだ後では8年に及ぶ西川氏の労苦を思えば、私の苦労は一万分の一にも及ばない些細な経験としか言いようがありません。それでも、それぞれの旅の一瞬一瞬の経験は永遠に色褪せることなく記録に残され続けています。

 

西川氏は未訪問となる中国新疆ウイグル自治区のカシュガル〜トルファン(800㌔=シルクロード)バスの旅、時々バスが停車するオアシスの街周辺の散策のみ、800㌔の全行程をバスで移動(2泊3日)。西川氏はこの距離は”軽く”歩き通してしまいます!西川氏が隊商に紛れて、青海省からチベットへの旅路を進みますが、その風景もカシュガル・トルファンとほぼ同じ様な土漠か、あるいはもっと過酷な峠越えの連続の様に描写されていました。しかも、積雪がある為、他隊商の踏み跡が見えない道を想像を絶する大変な苦労をして辿っています。

 

青海省西寧から青海湖周辺地域までは数年前バスツアーに参加し訪問したことがあります。その途中大きな寺院があり一時休憩しました。その寺が本書に出ていたタール寺(ラマ教寺院としてはかなり有名で、ツ゚オンカパの生誕地)訪問当時は事前知識など全く無くただなにも見ずに通り過ぎてしまったのが非常に残念でした。また、大変大きな青海湖の湖の碧さには驚かされました。標高は3260㍍、深水はわずか32mと意外と浅い湖です。とにかく紫外線が強烈なので、サングラス必携です。西川氏は目の保護の為工夫されていた様な一文がありましたが、何カ月も旅すると様々な障害が生じたに違いありません。

 

ラサは私にとって永遠に憧れの地です。我々外国人(中国居留証を持っていても)はチベットに入る為の”許可証”が必要の為、個人旅行での入境はほぼ困難となっています。当時、M自動車の販売店の候補でもあれば、店舗視察の名目で”出張”することも可能だったと思いますが、手を上げるディーラー候補そのものがいませんでした・・・現地会社の若手社員は夏休みになるとRVにテント・食料を積み込み陸路チベット旅行に挑戦していました。多分これは彼らにとっても一生の思い出に残る旅になると思われます。誘われましたが、”許可証”が取得できないので行けませんでした…

 

ネパールについては、西川氏が訪問された1940〜50年代とほぼ状況の変化はないであろう1980年代に10日間カトマンズ・ポカラ周辺をトレッキングで訪れました。80年代でも電気・ガス・水道の無い生活をしている人がほとんどで、庶民は靴すら履いていませんでした。8000㍍の氷雪の壁を目の当たりにするとあの山脈を超えて反対側のチベットに行きたいという気持ちは全く無くなります。しかし、西川氏は10回近く峠越えを繰り返していました。凡人の理解の及ぶ人ではない事が分かります。

 

「未知への憧れ」という気持ちは理解できます。アフリカ起源の人類が全世界の大陸に広がって行った理由も西川氏がより強く受け継いだ人類の”DNA”の賜物ではないかと思います。

 

『天路の旅人』の世間一般的な意見はどんなものがあるのか?

一般公開されている”読書メーター”より一部引用させて頂きます。総じて好意的な感想が多いです。

 

大戦前後の中国内の諜報活動、チベット動乱前の情勢、インド独立前後の国内情勢、知らなかった歴史を背景に力強く生きた人間の記録。生き方、そのエネルギーを実感します。そして帰国後の処世、考えさせられるものがあります。読み応えのある一冊でした。

西川一三さんの生き方に魅了され、沢木耕太郎の文力のおかげで、楽しくチベット行脚を追体験させていただきました。

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