1997年5月、広州駐在時代に休暇を利用してマカオに旅行に行きました。その後、何度も利用することになる広州から珠海まで130kmを車で移動、珠海通関からマカオ側の拱北口岸という出入国審査場を通過することになります。
陸続きの為、中国人、マカオ人、香港人の大行列、人の数に圧倒されます。通関を待つ人の姿も国境を跨ぐというよりは買い物に出かける、通勤に行くという雰囲気の普段着の人々が多勢で、オートバイを手で押し通関している人までいました。
ポウサダ・デ・サンチャゴがタクシーで通じない
マカオ側拱北口岸の通関を歩いて超すともうそこはマカオです。そこで、当時ホテル行きの方法が全く分からないので、仕方なくタクシーに乗って宿泊予定のホテル名「ポウサダ・デ・サンチャゴ」と言っても、誰もわかってくれません。「サンチーアーゴ⤴️」「サンチャゴ⤵️」アクセントを変えてもダメでした。
広東語は私自身まったくわからないで、何度かポルトガル語っぽく(適当に)発音すると何とか通じ、無事それらしきホテルの前に到着しました。
17世紀の要塞は、岩窟ホテルだった
17世紀にポルトガル軍によって建設された要塞を改装した隠れ家ホテルは、雰囲気抜群ながら、なんとなく岩窟ホテルっぽい!12、3室のオールスイートホテルと洗練された魅力で旅行者を魅了している様です。
さすがにもともと”要塞“として建設されたことだけあり、立派な大砲が海に向かって今もなお狙いを定めているのは明らかに時代錯誤で驚きます。
予約した部屋は大人2人が寝るのにちょうどよいベッドと部屋の大きさ、小学生と幼稚園児の二人の子供にベッドを占領されたため、私は石張りの床に毛布重ねて敷いて寝ることになりました。5月のマカオとはいえ、要塞ホテルの床はかなり冷たく感じました。
世界遺産の一つ「媽閣廟」まで徒歩ですぐの好立地です。ホテルはマカオ半島の最西南端に位置している為、海の眺めが素晴らしいと言いたいところですが、薄緑色っぽいべた凪のマカオ特有の海の色は、香港の海とまた異なる色彩で何とも不思議でした。
ホテル敷地内に狭いながらもプライベートプールが併設されていた為、家族で利用しました。マカオでも5月はまだプールに入るにはまだ早く、水は恐ろしく冷たく、プールの深さは大人用の為深く子供が楽しむには不向きと感じました。
10数年後、娘がこの街に住むことになるとは
その時は思ってもいなかったのですが、何とも縁の深い街となりました。
マカオ②へ「10数年後、娘が住むことになったマカオの話はこちら」



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