映画『シンシン/SING SING』を観た。雨の土曜日60席余りの小さな劇場だったが、ほぼ満員で映画に対する期待からか、大変な熱気に満ち溢れていた。A24配給、実話ベースの刑務所映画。予告編だけ見れば「囚人たちが演劇で更生するいい話」で終わる。でもストリー展開は全く違っていた。観終わった後、すっきりしない。むしろ、ぞくぞくして、キツさだけが残る。それがこの映画の本質だった。
舞台はニューヨーク州の最重警備刑務所・シンシン刑務所、遠くにハドソン川を望む寂しい土地だ。そこに実在する更生プログラムRTA(Rehabilitation Through the Arts)。囚人たちが半年かけて一つの舞台を作りあげる。演者の85%以上は、実際のRTA卒業生の元受刑者本人だ。主演のディヴァイン・アイ役、クラレンス・マクリンは自分自身を演じている。
RTAは刑務所のなかでは超人気のプログラム
理由は3つ:
1. 塀の中の数少ない“自由な場所”:看守の目を離れて、 自分を囚人ではなく役者・人間として扱ってもらえる。ライトの当たる舞台に立てる解放感がある。
2. 上下関係が変わる:外ではギャングの序列が絶対だけど、RTAの中では「誰が良い演技をするか」「誰が仲間を支えるか」で評価される。ディヴァイン・アイみたいな元・最恐の男でも新人としてイジられる。
3. 実績が見える:RTA卒業生の再犯率(出所後にまた刑務所に戻る率)は3〜5%未満。全米平均が60%超なので、10分の1以下。参加すれば本当に人生が変わるかもしれない、とみんな知っている。
また、シンシン刑務所はもちろん男子刑務所で完全に隔離されていますが、
劇団は、ある芝居の女性役を演じるために女性ボランティアを連れてきている。
というのが実際のRTAの運用、刑務所の外の社会と中をつなぐ象徴的な存在でもあって、収監者たちが「女性と対等に、安全に、感情を表現する」ことを学ぶ大切な場面でもあるようです。
なので、映画でディヴァインGがディヴァイン・アイをスカウトするシーンは、実際には逆に「入れてください」と頼み込まれることの方が多い、というのが現実だそうだ。
冒頭の偽ドラッグ取引は、日常だった
映画はヤードでの薬物取引から始まる。偽物を掴まされて「金を返せ」と白人の若い囚人を脅すディヴァイン・アイ。現金が使えない刑務所では、タバコやカップ麺が通貨になる。騙し合いも日常茶飯事だ。そしてその脅し方が上手すぎるから、(そりゃそうだ、本人自身が自分でかつて実際にやったことを再演しているからだ)その現場を見ていた主演で演劇サークルの中心人物ディヴァインGは彼をRTAにスカウトする。そのシーンはとても印象に残りました。
暴力でしか自己表現できなかった男が、初めて「演技」を褒められる瞬間。この一発目のシーンで、この映画が演劇の上手い下手の話ではないことが分かる。
RTAは刑務所内で最も人気のプログラムだ。入りたくても入れない。ウェイティングリストが常に存在する。なぜか。RTAの稽古場だけが、塀の中で唯一「囚人番号」ではなく「人間」として扱われる場所だからだ。看守もいない。泣いても、抱き合ってもいい。
一番鳥肌が立ったのは、ラストの食堂でのシーン
RTAの本番当日。舞台はコメディだ。観客は大笑いしている。その翌日だろうか、食堂で、冒頭で脅されていたあの白人の若い囚人が、ディヴァイン・アイを振り返り、近くの席にすわる。セリフはない。数秒だけだ。
でも、このカットで全てが表現れているような気する。最初は被害者だった若い囚人は「あいつ変わったな」と見に来ている。システムは変わらなくても、ヤードの空気は演劇で変わる。暴力の構図が、180度ひっくり返るカットだ。
そして、最もキツいシーン。仮釈放面接
無実の罪で25年服役し、本を読み、法律を学び、仲間を支えてきたディヴァインG。恩赦・仮釈放の面接で、演劇が自分の人生をどう変えたかを必死に語る。
すると面接官は冷たく言い放つ。
「今、演技してるの?」
Gは言葉を失う。
10年以上「役を演じることで初めて本当の自分が出てくる」と信じてきたことが、外の世界では「演技が上手いから嘘をついている」と疑われる根拠になる。変われば変わるほど、信じてもらえなくなる。この矛盾。実際に試写会に来た検事や判事が、このシーンを観て自分の無意識の偏見に気づいたと語ったというから、真実だ。ディヴァインGはこの面接結果を受け取り、すっかり自信を失い落ち込む。そこへすっかり立場が変わった様にディヴァイン・アイが慰めに来る所は感動的シーンだ。
だから『シンシン』は、『ショーシャンクの空に』とは全く違う傑作だ。
ショーシャンクは「塀の外に希望がある」と教えてくれる映画。シンシンは「塀の中でどう人間でいるか、そして希望を誰に信じてもらえるか」を突きつけてくる映画だ。観終わってスカッとはしない。キツさが残る。
社会は信じてくれないかもしれない。でも、隣のあいつは知っている。食堂でそっとふりかえり見てくれる誰かはいる。
『シンシン』は、観た後に誰かを信じたくなる、そんな映画だった。
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