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おすすめ本|『美術展の不都合な真実』古賀太著(新潮新書)今秋、美術に親しむ切っ掛けに美術館の裏側を少し覗いてみる!

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おすすめ本の紹介
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なぜ、「美術展の不都合な真実」を読んだのか?

Hermann TraubによるPixabayからの画像

遥か昔の話になりますが、パリのルーブル美術館、オルセ-美術館、マドリッドのトレド美術館などを見学した際、『モナリザの微笑』を初めとし、美術の教科書に載っている傑作の数々を目の当たりに鑑賞し、幸福感を実感したことがありました。見学に訪れていたのは大人ばかりではなく、学級単位の授業の一環で2,30名の生徒が先生に付き添われて、熱心に解説者の説明に聞き入っていました。それも、床に座り込んでじっくり鑑賞しているのです。他の見学者の邪魔にならない様、少し離れた場所にしゃがんでいました。やはり、人類の宝である芸術作品は、このようにじっくり腰を据えて堪能すべきなのだと、感心した思い出があります。

一方、日本では、状況はまったく違います。どうしても、借り物の絵は駆け足で、しかもたくさんの人に押しつぶされながら鑑賞せざるを得ないのものなのかと、疑問に思っていたところに本書が出版されていたので、早速読んでみました。わずかばかりからくりが見えてきました。

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「美術展の不都合な真実」を読んだ感想

DarkWorkXによるPixabayからの画像

世界のトップ10に入るであろう「美術館展」の入場者数の大混雑ぶりはやはり異常な世界らしいです。これは多くの美術館展の開催の主催者が新聞社であったり、テレビ局であったりするところにどうやら根本的な原因がありそうです。一つの美術館展を開催する場合、経費は5億円をくだらないそうです。それを3ヶ月間の短期の開催期間中に回収する為には、どうしても一日当たり数千人超の入場者を集めなければなりません。入場者は、ごった返す会場内で美術品をゆっくり鑑賞するどころではないのかもしれない。通常一日3000人も入場すると、込んでいると認識されるらしいですが、土日にはここへ1万人を押し込んでいるというからとんでもない話です。

実際に海外の有名な絵画を見る機会は海外旅行でもして、現地の所蔵する美術館に脚を運ばない限り、一生見る機会は無いだろうから、人情としては2000円前後のチケット代は安いものなのかも知れません。実際、絵の前に立つまでに、長蛇の列に長時間並び、漸く辿りついた絵の前では立ち止まらず、歩かされては、「鑑賞」するには程遠い状況です。

美術館が所蔵する作品を展示する「常設展」以外に、本書が取り上げている「企画展」には大きく分けて二つの形態があるそうです。一つは「個展」すなわち、一人の作家の作品を世界中の美術館と交渉を行い、ある一定期間駆り出し日本の特定の美術館で展示するもの。これは本来であれば、美術愛好家であれば、世界各国を旅行して、一か所で2,3作品ずつ小刻みに鑑賞していく手間を大幅に省き、一回で多数の作品を鑑賞できるので、多少高額のチケット代を支払っても見に行きたくなるのが心情です。しかし、個展の開催のチャンスは、所有している美術館が引っ越しや改装などの機会でもない限り、有名な絵画を外部に持ち出させることは相当困難だという事です。

一方、比較的主催者である新聞社、テレビ局が取り組み容易な方は「xxx美術館展」という特定の美術館から所蔵作品をある点数まとめて借り受け、展示会を開催する方式だそうです。テレビ局他マスコミにして見れば、超有名な作品が何点か入ってさえすれば、適当に他50-80作品まとめて「展示会」とすれば良いだけの事です。ちなみに大英博物館の所蔵する作品点数は800万点に及ぶそうなので、いくらでも作品を変え乍ら貸し出し出来る可能性あるそうです。

また、著者の指摘では美術館同士が作品の貸し借りをする場合は本来無償で提供されるのが常識であるにもかかわらず、日本の場合はマスコミ各社が仲介する為、巨額の貸出料が支払われる様になったとのことです。海外の美術館は支払われる巨額な賃貸料収入で大いに潤っている状況だそうです。当然、その付けは日本の美術鑑賞の顧客が支払う訳で、高い入場料、大混雑が常態しておりゆっくり「観賞」は出来ない。目録、ポスター、絵葉書などの販売、ガイド用イヤホンの有料貸し出し等々チケット代以外の出費もバカになりません。

著者の指摘する「美術展の不都合な真実」の最大のものとして、マスコミ主催の「企画展」を国立系の美術館、博物館(=国立館)で開催する場合、国立館側は一切の費用を支払わず、マスコミ各社が全額負担をするそうです。これは絵画の借用料以外、運送代、保険代、展示費用、チラシ、ポスター、打ち合わせに関わる担当者の出張費用からチケットもぎり係の費用までも含むそうです。ここに国立館とマスコミのもたれ合いの温床がある事になります。

また、「企画展」開催の本来の姿は美術館が抱える「学芸員」が自ら立案して、手間暇掛けて本当によい作品を展示し、鑑賞者にゆっくり見てもらうのが本来のスジであり、そうでなければ「学芸員」もまともに育てることが出来ない。 現在の様に商業主義のマスコミに丸投げ状態では、「美術館」が単なる展示場に堕してしまいかねないと強く懸念しています。これは真っ当な意見だと思いました。

世間の一般的な意見はどんなものがあるのか?

StockSnapによるPixabayからの画像

以下何点か読者意見を参考までに引用させて頂きます。大方賛同はするもののもう少し、食いつきが足らない、如何したらよいのかもっと具体案を書くべき等の意見もありました。

欧米の美術館に比べて上野の近代美術館や東京都美術館を始め、日本の美術館はなぜいつも芋の子を洗うように混雑を極めているのか、不思議に思っていました。この本を読んで初めて混雑の理由や、特別展の仕組み、日本の美術資産の貧困さ、日本の美術館や博物館館の運営状況などがよく分かりました。このようにハンディな形で日本の美術館や博物館の歴史と現場を紹介した本は少ないと思います。美術ファンにはお勧めの本です。

 本書は美術展の話が中心だが、新型コロナ対策による大量動員型のイベントの未来を示している(それは展覧会だけでなく、スポーツや音楽、映画など娯楽のあらゆる分野に及ぶだろう)。 筆者は、大宣伝によって大量動員を目指す特別展から、学芸員の個性と研究によってじっくりと組み立てられた渋い企画展への転換や、館の所蔵品をもっと活かした常設展の充実を訴える。

同じ著者のおすすめの本はあるか?

David MarkによるPixabayからの画像

国際交流基金で日本美術の海外展開、朝日新聞社で展覧会企画に携わる。2009年より日本大学芸術学部教授。専門は映画史、映像/アート・ビジネス。訳書に『魔術師メリエス』、共著に『戦時下の映画』。

最後に

Richard McallによるPixabayからの画像

美術展の不都合な真実とは別に本書の最後の方では「本当に足を運ぶべき美術館はどこか」という章が設けられています。東京都国立近代美術館〈竹橋)の名が挙げられていました。理由は、最近10年間学芸員が独自に企画した美術展の水準が極めて高い事とあります。私はまだ一度も見学したことが無いので、是非近い内に尋ねようと思います。

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