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北海道・礼文島『愛とロマンの8時間コース』と絶海の花の名山利尻島『利尻岳(1721㍍)』の思い出

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旅の随筆
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札幌から列車で稚内に到着しました。7月というのに朝夕稚内では、石油ストープを使用して暖を取っているのを見た時、やはり、北の最果ての地に来たなぁという事を実感しました。

『愛とロマンの8時間コース』というトレッキングコースをご存知でしょうか? 今では口に出して言うのも憚れる、何となく恥ずかしくなる言葉です。仄聞するところ現在でも礼文島のユースホステルではこの言葉が生きている様なので(ツアーが組まれているのでしょうか?)、とても感動しました。40年程前、北大在学中の1年目の夏休みに思い切って友人ら4名(へぼ麻雀仲間!)と礼文島・利尻島へ向かいました。

最初の離島、礼文島の「桃岩ユースホステル」は当時、日本全国のユースホステル愛好家の仲間に名前を轟かせていた名物ユースホステルの一つでした。夕食後のミーティングが面白いと聞いていました。大分、昔の事なので正直あまりそのミーティングの内容を覚えていないのが残念です。吉田拓郎の「落陽」という曲を皆で合唱して練習しました。船着き場で、帰るユースホステルの客を見送っているシーンで合唱されていたのをよく覚えています。その後、社会人になっても、カラオケ店でよく「落陽」を歌いながら、礼文島に行った当時を良く思い出していたものです。

「愛とロマンの8時間ユース」は、ユースホステルの泊まり客みんなで、島内一周のハイキング(正確には島の最北端にあるスコトン岬から礼文林道までの30㌔のトレッキングコース)に出かけるというイベントです。ほぼ毎日催されていたようです。スタート時点ではバラバラだったトレッカー仲間も、8時間も一緒に歩く内、お互い徐々に打ち解け合い、大自然の中でロマンチックな気分に浸り、いつの間にか新しいカップル誕生、男女手を繋ぎユースホステルに帰着できるかもしれないという期待を込めて命名されたと聞きました。しかしながら、われわれ北大生4人組は、淡い期待を成就する事が出来ず、行きも帰りも同じメンバー男4名仲良く戻って来たのを覚えています。

勿論、礼文島のすばらしい自然を十分堪能出来たのは、それはそれで素晴らしい体験だったのですが。

後で、大学に戻り、北大地質学科の友人に礼文・利尻に行ってきたと話したところ、彼曰く利尻は火山で最近(!)出来た新しい島だけれど、礼文島は1億年前の白亜紀の地層で出来ている古い島なので全然歴史が違う、礼文島は研究の為、何度も出掛けているとロマンの欠片もない話をしてくれたものです。

桃岩ユースホステルの熱狂的メンバーに盛大に見送られながら、われわれは礼文島を後にし、次の目的地利尻島鴛泊港を目指しフェリーに乗り込みました。岸壁では、ユースホステルのヘルパーさんら大勢が景気づけの大合唱、「また来いよ〜」と名残を惜しみながら手を振ってくれました。毎日繰り返される大袈裟な演出と分かっていますが、それでもやはり感動的な場面でした。鴛泊港到着後、当時まだ健在だった「利尻島ユースホステル」のお世話になりました。この島での目的は標高1721㍍の利尻山登頂でした。(利尻岳は双耳峰で標高の高い方の南峰1721㍍は崩壊が激しく登攀不可であった為、登ったのは北峰1719㍍だったのではないかと記憶しています)

利尻岳はユースホステルから一番近い登山コースである鴛泊コースを利用して登りました。。途中“長官山”(8合目)でメンバーのひとりKが極度の疲労で一人脱落し、残り3名で頂上を目指すことになりました。「おれはここで待っているから、登てくれ!」と言われたので、多少心残りでしたが、彼ひとり残し頂上を目指しました。このあたりから上層部は高山植物の満開のお花畑が広がっていました。当時は(今もそうですが)花の名前を殆んど知らなかったのがとても残念です。

頂上からは遮る雲も無く海岸線がくっきり見える絶景を堪能することが出来ました。紺碧のオホーツク海の色も忘れることが出来ません。樺太方面の陸地(ロシア領)も遥か彼方に見えていました。

頂上で十分休憩した後、長官山付近で永らく休息していたKのところまで下り、メンバー4名が無事に合流することが出来ました。彼は元気をすっかり取り戻しており、口数も増えていました。しかし、その後の下山道では登山経験の浅いメンバーばかりだった為疲労も重なり、遅々として進まず、コースタイム(往復8時間、全長12㎞)を大幅にオーバーし、星空を観賞しながら漸くユースホステルに辿りつく結果となりました。幸いにしてキタキツネやヒグマなどの動物は生息していないと言われていたので、夜間の行動もそれ程恐ろしさを感じることはありませんでした。

すっかり寝静まっているユースホステルの玄関に辿りつき、玄関の戸を叩き、何とか中に入れて貰い、その夜はシャワーを浴びて、寝る事が出来ました。危うく遭難とまでは行きませんでしたが、予定外に時間が掛かり他人に少々迷惑を掛けた事は深く反省しなければなりません。

わたしは、今回の利尻山登山の経験もあり、すっかりトレッキングの魅力に嵌り込む結果となりました。大学4年間は中学・高校と続けていた剣道の稽古を継続しましたが、会社入社後は、山岳クラブに加入しました。入社3,4年目のピーク時には年間10数回の山行を繰り返していました。山岳への目を開かせてくれたのが、利尻岳と翌年同じメンバーでまた夏休みを利用して行くことになった知床半島の羅臼岳でした。高山植物の宝庫でもあり、雄大な景観に、頂上まで登る苦労も一瞬ですっ飛んでしまう爽快感は何ものにも代えがたい体験でした。

可能ならば近い将来利尻岳のピークを再度極めたいと考えています。

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