2015年。
中国湖南省彬州の販社候補地を視察した帰り道でした。
彬州という町で、ディーラーの総経理(社長)より夕食の誘いを受けました。
「今夜は彬州の名物を食べに行きましょう」
日本人は刺身が好きだ。サーモンが好きだ。それは彬州まで知れ渡っていたようでした。彬州は東江湖という風光明媚なダム湖があり、しかも東江湖の湖底の水温は一年を通じて一定温度を保ち、水がとても清涼で、サーモンの養殖が盛んという話をされていました。
車に乗っておよそ1時間。既に午後8時をまわっていました。少々空腹に堪えかねた時間帯でしたが、薄暗い山道を抜けた先にようやく到着したレストランは東江湖の岸辺の近くにありました。
田舎のレストランは閉店も早く、周囲に客の影は少なく、閑散としていました。すぐにだだっ広い会場内のテーブルに通され、着座しました。
早速、料理が運ばれ、会食がはじまり、白酒の乾杯が始まるころ、
サーモンの舟盛登場です。ぎっしりと細かい氷の上にラップが掛けられ、サーモンの刺身が並んだ一盛。直径50cmはある大きなお盆の上に鮮やかなサーモンピンクの華が咲いていました。ところが、サーモンを食べているのは私だけ、他の中国人7,8名は一切、手を着けようとしません。「さぁ食べて、美味しいでしょう。採れたてでとても新鮮ですよ。さっきまで生きていました!」というもの自分では食べない。お言葉に甘えて、箸を繰り出すものの、さすがにこの量は…一緒に食べませんかとターンテーブルを右に左に回して、すすめてはみるものの、中国人は他の料理ばかりに手を出していました。わたしもつられて、口直しに他料理に手を出すものの、サーモンが心配で遠慮しがちです。わざわざこんな山奥まで夜道を飛ばしてまで、連れてこられた「サーモン屋」。残すわけにはいかんと思い奮戦しサーモンの更に手を伸ばし続けました。
「日本人はサーモンが好き、刺身が好きと聞きました。
特別にここに来ました。どうぞ召し上がってください」
善意100%。人情100%。
彬州の総経理は本気で喜ばせようとしてくれている気持ちは痛いほど伝わってきました。
問題は、それを食べるのは私ひとりだということです。
わたしの会社から同行者はひとりいましたが、彼は最初から刺身を敬遠していました。救いの手を差し伸べようともしません。相手は総経理と幹部数名。食べるのは基本私ひとり。
乾杯。白酒がどんどん回ります。
まずは刺身から、どんどん総経理が自ら小皿に取り分けてくれます。
とろける。美味しい。確かに美味しい…
でも、特大の大皿が一つ終わった時点でようやく気づきました。
これと同じ大皿、隣の席のテーブルになおも控えに10皿…
2皿目で完全にギブアップ!
周りのみんなは「もっと食べなさい」と笑顔で勧めてくれる。
断るのは失礼。残すのはもっと失礼…
「日本人はサーモンが好き」
その前提を覆すわけにはいきませんが、「量」が如何せん多過ぎ、冗談のようでめちゃくちゃ!
「もう結構です」とはっきり言うわけにもいかず…
「足りませんか?もっと出しましょうか?」その時悪魔のささやきに聞こえた。
「総経理に、もうお腹いっぱいだと…でも本当に美味しかった」と伝えるのが精一杯でした。
総経理は「ははは!日本人はやっぱり好きだね!」と笑ってくれた。
救われた気分になりました。
結局、手も付けられなかったのは10皿分。
隣のテーブルにおかれていました。申し訳なさと情けなさでいっぱいになりました。
彬州の夜は、サーモンに負けた夜でした。
でも同時に、中国の人情に触れた夜でもありました。
「日本から来てくれたお客さんを、一番すごい形で歓待したい」
1998年の中国は、そういう国だったのです。
今でもあのサーモンの刺身大盛を思い出します。
また、氷の上で輝くサーモンの華、満面の笑顔の社長を。
それ以来、しばらくサーモンの刺身を食べるのを控えました。


コメント