ウルムチ訪問の後、中国国内シルクロードの最西端都市カシュガルを目指しました。ウルムチからトルファンまで飛行機で一旦移動し、トルファンからカシュガルへのフライトを利用しました。約800kmは飛行機であれば、あっという間の距離です。しかしながら今回の旅行ではとんでもない事態となりました。
飛行機が待望のカシュガルに降り立った瞬間、砂漠特有の砂嵐に襲われ、我々の搭乗した便以降はすべてキャンセルとなってしまいました。砂嵐の影響はかなり深刻で、トルファンへの戻りのフライトは約一週間先であると航空会社窓口で言われ言葉を失うことになりました。カシュガルはそれ程大きい街ではなく、1-2日もあれば郊外の史跡巡りも終わってしまいます。ここでの1週間の滞在はかなりきつい、朝晩の羊肉料理にもあっという間に飽きてしまいます。
そんな中、地球の歩き方「中国編」に貴重な情報を見つけました。カシュガル→トルファンへの交通手段には飛行機以外に定期バスの運行もあるとの情報が記載されていました。いよいよ陸路シルクロードを辿り帰るチャンス到来と思いました。早速長距離バスのチケット売り場に飛び込み2日後のバス便のチケットを購入しました。(当時の交通事情では出発地では目的地までの往復チケット購入が出来ず、目的地に行ってから帰りのチケットを予約せざるを得ず、大変不便でした)ところが窓口の案内係曰く、通常は3泊4日でトルファンに到着します。もし、運が良ければ2泊3日で着くと言われました。バスの到着時間に運不運があるのかと訝りましたが、それが「シルクロード行」の醍醐味と観念して為すがまま任せることにしました
北京とカシュガルは相当の時差があり、バスの出発時刻午前8:00はほぼ真っ暗闇です。その為、事前に宿からバス乗り場までのアクセスを確認し、また、タクシー(カシュガルは自動車のタクシーは無く、ロバが荷台を牽引するロバタクシー)に関して、事前に料金を確認しておきました。さて、当日、真っ暗闇の早朝ロバタクシーに乗り込んだ所、予想外の高額料金を吹っ掛けられることになりました。「そんな高い筈はない、もっと安いだろう」と値切り交渉に入ったところ(北京語が通じたらしい)、なんと馭者は暗闇の中、白い歯をむき出しにして、腰に持った束入りの短刀らしきものをじゃらじゃらとさせていました。わずか数元の事で、つまらない諍いを起こすのもまずいと思い、そのままの言い値で交渉成立となりました。
バスは定刻通りに出発しました。ほとんどの乗客が現地のウイグル人老若男女、若干名の漢族の人々でした。バスの中では様々な民族が乗り合わせていた。言葉は分からなかったが、前方の席を巡って言い合いになり、お年寄りが後ろに移動する場面も見た。複雑な事情があるのだろうと感じました。
同乗していた外国人は私の他にはパキスタンとの国境クンジュラブ峠を超えて中国に入国したドイツ人の二人切りでした。彼は仕事に就いていたが、一年間休職して世界を回っている青年でした。
最初に困ったのは、バスに乗る前に預けたカバンはバスの天井の荷台に他乗客の荷物と一緒に乗せられ、しっかりロープ縛られ落下しないように括られてしまいました。目的地に到着するまで下せないとのこと。身の回り品として残したのは財布、パスポート、歯ブラシのみ…私は通常朝シャンの後、整髪料(グリース)で髪の毛を整えます。整髪料をバッグから取り出すことも叶わず、天然パーマなので、髪の毛がボサボサでボブ・マーリーの髪形になってしまいます。幸い鏡もなかったので、3日間自分の髪形を一切気にする必要がなかったのが唯一の助けでした。
バスは800kmを快調に爆走し続けますが、途中のクチャ、アクス、コルラなどほぼ100kmごとにトイレ休憩などを繰り返し進みます。昼食のための食堂は勿論あります。中華料理の食堂があります。乗客は食事休憩の際は、バスから下車した途端、大急ぎで食堂に向かって走っていました。わたしは最初なんでそれほど慌てふためき、急ぐ必要があるのか理解できませんでした。しかし、食堂の窓口に並び食券を購入する必要があり、注文しても並んだ順に料理が提供されるため、最後尾に並ぶと食べる時間もままならないうちにバスが出発してしまう事態となることに気づきました。それ以来、食事休憩の際は、真っ先に飛び降り、迫り来るウイグル人をかき分け、食券売り場の列の先頭に並ぶ事に執念を燃やすことになりました。
また、こんなことにも困りました。腹が減っているせいか料理はとてもおいしい、しかも、めちゃくちゃ安いので、3,4品の料理、スープ、白飯を注文し、狭いテーブル一面に並べ食事をしていると、隣の席でウイグル族の家族4,5名がスープのお椀一つを皆で分け合い、白飯だけで食事している様子が目に入りました。彼らの視線もなんとなく気になり、それ以降、わたしも料理は一皿だけ頼むようにしました。ドイツ人はこの食事の順番先頭争いには加わらず、携行した食材で済ませていたようです。中華料理が口に合わないのかも知れません。
さらに、ウイグル族の老人が途方に暮れ佇み何やら慌てている姿を見ました。ウイグル語は理解できませんが、どうやら財布をトイレに落とし、困り果てているようでした。こればかりはトイレの底をさらう事も出来ず、手助けできませんでした。
宿舎はバラックの一室、簡易ベッド一台だけの質素な木賃宿です。ドイツ人と同室。トイレはあるもの、夜間電灯は無く、朝方起きてトイレにいくと、トイレの入り口付近にうず高く積もったモノがありました。夜暗くて便器(といっても穴だけ)までたどり着けなかったのでしょう…シャワーもなく、着の身着のままで寝ることになります。
何時間もバスの車窓風景をひたすら眺めていると、なんとなく意気消沈した気分になってきます。幾度も「今、正真正銘のシルクロードを走っているんだ」と自分自身を鼓舞し続けました。右手に茫漠たるタカラマカン砂漠、左手は天山山脈(孫悟空の話に出てくる火焔山)が永遠と思われるほど続きます。
そんな時、2,3人の欧米人の大きな荷物を括りつけた自転車ツーリストを見かけました。オアシスとオアシスの間隔は100km、トルファンとカシュガルの間が800kmもありますが、彼らはどこに向かっていたのでしょう。まさか、カシュガルを通り過ぎ、同乗したドイツ人が超えてきた国境クンジュラブ峠(標高4700m)酸素は薄く、低温、我々のバスの2泊・3泊どころの話ではなかったのではないでしょうか。世界には恐ろしい猛者もいるものだと驚きました。
そうこうしているうちに、運良く2泊3日で目的地トルファンに到着することが出来ました。預けたバッグも無事バスの天井から降ろして貰うことが出来ました。
飛行機さえ予定通りに飛んでいれば、わずか1-2時間のフライトでタカラマカン砂漠をあっという間にひと飛びでしたが、今回、運命の悪戯か図らずもとんでもない貴重な旅をすることが出来ました。無事目的地に到着出来たことは、最大の喜びです。更に、途中のオアシスで出会ったウイグル族の少年少女の屈託のない笑顔、天真爛漫な無邪気さと出会えたことは、忘れがたい一生の宝物のような気がします…





停車場に到着、このバスで800㌔を楽々走り抜く ガソリン輸送の解放軍トラックの隊列とすれ違う

手前の掘っ立て小屋がこの日の宿舎! 後ろは火焔山! 屋根があるだけましです ここはシルクロード!!

麵打ち うどんかパスタかの分かれ道

待ち人来たらず!

ほとんどの子供はカメラを恐ろしく怖がります。このウイグル族の少年三人組は怖がらずきちんとポーズを決めてくれました。笑顔が素晴らしい…




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