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旅の随筆

旅の随筆

サーモンのために車で1時間。サーモンに負けた夜 湖南省彬州(びんしゅう)

2015年。中国湖南省彬州の販社候補地を視察した帰り道でした。彬州という町で、ディーラーの総経理(社長)より夕食の誘いを受けました。「今夜は彬州の名物を食べに行きましょう」日本人は刺身が好きだ。サーモンが好きだ。それは彬州まで知れ渡っていた...
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娘が住んだマカオ2019 – カジノは出口の無い迷宮、娘の部屋は冷蔵庫のアイスが消えるシェアハウス

私は湖南省長沙に、長期出張を含めて足掛け5年駐在しました。はっきり言うと、料理がもの凄く美味しい広東省の隣にもかかわらず、長沙の料理は辛過ぎて広東料理に比べて美味しくありません。すべての料理に真っ赤になるほど唐辛子を入れるのが作法。洗練され...
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ふるさと上尾(あげお/埼玉県)こころの中の”昭和”

東京都内から埼玉県上尾市に引越して来たのは丁度幼稚園に入園する少し前だったので、5歳位だったと思います。小学5年生まで5,6年住んだ懐かしい上尾の一部をご紹介します。
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日本百名山「皇海山」(すかいさん・2144㍍)難関ルート登山の思いで

「すかいさん」という不思議な山名に魅かれ大変興味を持っていました。山容も大変特徴があり遠くからも皇海と良く分かりました。会社の同僚を誘い、出掛けてみました。メンバーは4名(男女各2名)と一緒に行きました。群馬県と栃木県の県境に跨り、最近利用されているのはメインである群馬県側からの登山ルートでは往復5,6時間程度と比較的楽に登れるようですが、当時われわれの利用したルート(足尾側銀山平からアプローチ)は総歩行距離26㌔、累積標高差が2600㍍強とかなり手強く、相当難度の高いものでした。今後、登られる方には、わたしは絶対に群馬県ルートからの比較的安全で楽なルートを是非おすすめします。
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世界遺産・森と水の楽園『屋久島』宮之浦岳登山の思いで

2009年6月、わたしは初めて屋久島を訪問しました。回数は多くありませんでしたが、今まで沖縄本島や鹿児島までは何度か出張や観光旅行で足を運んでいましたが、離島の屋久島はなかなか訪問する機会はありませんでした。深田百名山のひとつ「宮之浦岳」登山を目指し、思い切って行ってみました。
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北海道十勝岳(2077㍍)登山 〜小心者であることを露呈した単独山行の思い出〜

十勝岳登山は、ガイドブックによると望岳台から往復6時間強の歩程でした。一本ルートの為、道に迷う事も無いという程度の前知識で登り始めました。既に夏山シーズンも終わり、紅葉の季節まではまだ早い時期の為、他の登山客を殆んど見掛けませんでした。もっとも、雨こそ降っていませんでしたが、早朝からかなりの強風は吹き荒れていた為、悪天候を嫌った地元ハイカーはその日の登山を敬遠したものと思われました。
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1988年、行ってはいけないヨーロッパ5週間 – EU統合前、重慶大廈で買った7万円チケット、国境越えは苦労ばかり、ユングフラウで妻を置き去りにした男の新婚前夜

スイスでスキーを楽しんだ後(ヨーロッパ旅行の後半)列車でイタリア・ローマ入りしました。街全体が古代ローマの遺跡に埋もれている雰囲気に圧倒されました。日本の木と紙の文化と比較して、石の文化の遺跡は朽ち果てることなく延々と残り続けるのでその重厚感の違いに唖然とさせられました
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「長野」に通い詰め、分かって来た「長野の魅力」

長野県にはとても良く通いました。新幹線を上田駅で下車して、レンタカーを借り上田地区を訪問する際のお決まりの昼食は上田駅から近い「刀屋」という大変物騒な名前の蕎麦屋を何回も利用しました。地元の知人からボリューム満点の蕎麦屋として紹介を受けたところです。蕎麦は太目で、少し噛み応えのある「田舎蕎麦」風で大変気に入っていました。噂の通りボリューム満点で大盛はわずかな追加料金が掛かりますが、とても食べきれない程のテンコ盛りの為、店員からも大盛は食べきれないので止めておいた方が良いですよと言われている客が結構いました。
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北海道・礼文島『愛とロマンの8時間コース』と絶海の花の名山利尻島『利尻岳(1721㍍)』の思い出

『愛とロマンの8時間コース』というトレッキングコースをご存知でしょうか? 今では口に出して言うのも憚れる、何となく恥ずかしくなる言葉です。仄聞するところ現在でも礼文島のユースホステルではこの言葉が生きている様なので(ツアーが組まれているのでしょうか?)、とても感動しました。40年程前、北大在学中の1年目の夏休みに思い切って友人ら4名(へぼ麻雀仲間!)と礼文島・利尻島へ向かいました、、、
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2年間広島に住んでみてわかった広島・島根・山口の魅力!

‘00年年明け早々広島転勤となりました。当時子供2人はまだ小学生だった為、家族帯同で赴任しました。関西以西に住んだことが無く、非常に新鮮な気持ちで広島での新らたな生活をエンジョイすることが出来ました。わたしは、中国広州での3年間の駐在を終えたばかりで、東京には戻らず、広島に途中下車した形になりました。
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